スペースXと米国の宇宙依存 ― 覇権の代償

米国の宇宙開発を語るうえで、いまやスペースXを抜きにすることはできません。

かつてNASAは独自にスペースシャトルを運用していましたが、2011年の引退以降、有人輸送も物資補給も民間企業に委ねる体制へと移行しました。

その中心に立ち続けているのが、イーロン・マスク率いるスペースXです。

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スペースXが「不可欠」になった理由

  • 価格破壊
    従来、ボーイングとロッキードの合弁体「ULA」が政府唯一の発射サービスを担っていましたが、コストは1回数億ドル規模。
    スペースXは再利用ロケットと垂直統合により価格を劇的に引き下げ、政府契約を獲得しました。
  • 成功実績
    2008年、NASAから初の商業補給契約(CRS)を獲得し、倒産寸前から復活。
    その後「ファルコン9」「ドラゴン」による国際宇宙ステーション輸送を着実に成功させ、2020年には米国本土からの有人打ち上げを9年ぶりに復活させました。
  • 競合不在
    ボーイングは商業有人宇宙船「スターライナー」で大幅な遅延と不具合を繰り返し、結果としてNASA飛行士の帰還もスペースXに依存する事態に。

圧倒的シェアと国家安全保障

  • 2024年の打ち上げ数は134回と世界首位、中国最大手の約2倍。
    全世界の打ち上げ衛星の8割超を担い、そのうち65%が自社スターリンク衛星
  • スターリンクは僻地の通信手段のみならず、ウクライナ戦争など安全保障領域でも不可欠となり、国防総省からの契約額は2022年の2億ドル未満から2025年には30億ドル規模へ急拡大。
  • さらに国防向けの暗号化衛星網「スターシールド」も契約し、偵察・軍事通信インフラを担う存在に。

政治リスクと依存の危うさ

2025年、トランプ大統領とマスク氏が補助金や契約を巡って激しく対立。

NASA用のドラゴン運用停止までちらつかせる場面がありました。

結果的に収束したものの、一個人の判断が国家宇宙計画を左右するというリスクが顕在化しました。

ガバナンス面でも、スペースXは未上場の非公開企業。SEC開示義務もなく、政府契約を支える透明性は限定的です。

これは従来の大手航空宇宙企業(ロッキード、ノースロップ)との決定的な違いといえます。

政府の対応と今後の展望

  • 多様化の試み
    米宇宙軍はロケットラボやブルーオリジン、ULAなどとも契約し、NASAもアルテミス計画で複数企業を採用。
    ただし新規参入が市場で本格成果を出すには15〜20年かかるとされ、短期的にはスペースX依存が続く見通しです。
  • イノベーションの恩恵
    コスト低減と打ち上げ頻度の増大により、世界中の宇宙ベンチャーが「安価な宇宙アクセス」を享受。民間衛星・宇宙探査のエコシステムを形成するという積極的な側面もあります。

結論 ― 「宇宙のフォード」をどう扱うか

専門家の比喩によれば、現在のスペースXは「1913年に大量生産を確立したフォード」に相当します。

政府は今、即効的には最大手に依存せざるを得ない一方で、産業全体の競争力を損なわぬよう育成策を取る必要があるのです。

スペースXの優位は少なくとも今後10〜20年続くと予測されます。

米国の宇宙覇権を支える最大の推進力であると同時に、その依存が持つリスクこそが、次世代宇宙政策の最大の課題となっているのです。

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