関税政策は一見「外国からの輸入品に課税し、国内産業を守る手段」として分かりやすい構図を持っています。
しかし実際には、関税は最終的に米国の消費者や企業自身に大きな負担をもたらす「逆噴射の税制」として作用します。
とりわけ10%以上の一律関税導入は、その影響が極めて広範かつ深刻になる可能性があります。
関税は「逆進性税」として消費者を直撃
関税は消費者物価を押し上げます。
所得の低い世帯ほど生活費に占める輸入品比率が高く、関税分が価格に転嫁されやすいため、実質的に「貧しい人ほど重い負担」を背負う逆進性税となります。
例えば、日用品や食品を大量に輸入しているウォルマートのような小売大手は、利益率がわずか2.8〜2.9%程度しかありません。
そのため10%の関税を全て自社で吸収することは不可能で、必然的に消費者価格の上昇につながります。
企業収益と雇用への打撃
関税は単に価格上昇をもたらすだけでなく、企業収益の圧迫→雇用削減という連鎖を引き起こします。
実際、ウォルマートは関税負担を背景に本社で1500人のレイオフを決定しました。
製造業も同様です。
多くの米国企業はパンデミック後に数年かけて供給網を再構築しましたが、新たな関税で再び不確実性に直面しています。
サプライチェーンが揺らぐことは、投資計画の停滞や設備投資の先送りを招き、雇用創出どころか縮小につながります。
不確実性こそ最大の敵
経済活動において「予見可能性」は極めて重要です。
関税政策がころころ変わると、企業は価格設定・調達計画・設備投資のすべてにおいて迷いが生じます。
歴史を振り返れば、1930年のスムート・ホーリー関税法が世界貿易を崩壊させ、世界恐慌を加速させた苦い記憶があります。
現在の状況も「関税戦争が誰にとっても勝者なき自滅行為」であることを改めて示しています。
「置換効果」と産業政策の難しさ
理論的には、輸入が高関税で割高になれば、企業は国内調達や他国からの仕入れにシフトします。
しかしこれには時間とコストがかかります。
- 工場建設や設備投資には数年単位の時間が必要
- 同じ賃金水準で米国人が生産に従事する保証はない
- 価格競争力を失えば市場シェアを奪われる
つまり、政策的に「国内回帰」を狙うならば、安定した制度設計と長期的なインセンティブが不可欠です。
一夜にして供給網を切り替えることは不可能なのです。
消費と成長への悪影響
米国経済の約70%は消費によって支えられています。
関税が価格転嫁されれば、実質所得は減少し、消費意欲が冷え込みます。
さらに、関税はインフレ圧力を強めるため、金融政策との相性も悪い。
FRBの金利政策に大統領が口出ししている状況下で、「財政不安+通商不安+金融不安」の三重苦が企業心理を圧迫しています。
「関税=制裁」ではない
制裁措置は特定国に圧力をかける一方で、自国の消費者への直接的負担は限定的です。
しかし関税は自国消費者が必ず痛みを負うという点で、制裁とは全く異なる「自傷行為」に近い性質を持ちます。
まとめ:勝者なき関税戦争
10%以上の一律関税は、米国消費者にとっては生活費の増大、企業にとっては収益圧迫と雇用削減、そして経済全体にとっては投資停滞と成長鈍化を招きます。
・低所得層ほど重税感を負う逆進性
・企業利益率の圧迫による雇用削減
・サプライチェーン混乱と投資停滞
・消費縮小による成長鈍化
・歴史的に繰り返されてきた「勝者なき貿易戦争」
つまり、関税は「国内産業保護」どころか、米国経済そのものをむしばむ自己矛盾的政策になりかねません。