不動産は「人生最大の投資」と語られてきました。
しかし今日の市場環境を数字で冷静に見つめ直すと、その常識は大きく揺らいでいます。
特にアメリカの住宅市場を事例にすると、かつて合理的だった「持ち家信仰」が
むしろ家計を圧迫するリスクへと変わりつつあるのです。
かつては正解だった「住宅購入」
2010年代までの米国市場では、住宅価格は右肩上がりで上昇し、低金利環境と相まって「買えば資産が増える」状況が続いていました。
2017年頃までは、物件を安く仕入れてリフォームすれば即時に資産価値を得られる
「インスタントエクイティ」戦略も可能で、購入は明らかに有利でした。
さらに2020年の超低金利(住宅ローン金利2.75%前後)は、購買力を一気に押し上げました。
金利が低ければ同じ支払い額でより高額な家を購入できるため
実際にわずか一夜で30%以上の価格上昇を正当化する市場が生まれたのです。
金利上昇が招いた「逆転現象」
ところが2022年以降、状況は一変しました。
パンデミックによる建築資材不足・供給遅延、そしてインフレを抑えるための利上げが重なり
住宅ローン金利は一気に6〜7%台へ。これは20年ぶりの高水準です。
たとえば40万ドルの住宅を20%頭金で購入した場合:
- 年間の利息:約19,500ドル
- 固定資産税:約4,100ドル
- 保険料:約2,000ドル
- 修繕・維持費:約4,000ドル
- 頭金の機会費用(4.2%で運用した場合の利益):約4,200ドル
合計で年間3.2万ドルが消える計算になります。
一方、直近の住宅価格上昇はわずか+0.3%。
インフレ率(2.7%)を考慮すれば、実質的な購買力はむしろ目減りしているのです。
レント(賃貸)の優位性
さらに衝撃的なのは、全米50州で「購入は賃貸の1.5倍コスト」というデータ。
具体例を挙げると、50万ドルの家を今購入すると月々の支払いは3,000ドル以上。
一方、数年前に3%ローンで購入した隣人は月1,765ドルで済むため、2,000ドルで貸し出しても利益が出ます。
結果、新規購入者だけが不利な「二重構造」が固定化しているのです。
政府の住宅政策がもたらす歪み
住宅価格が下がらない背景には、政府の住宅金融支援があります。
米国では「コンフォーミングローン」が政府保証付きで証券化され、必ず買い手がつく仕組みが存在。
これにより市場には常に資金が流入し、「融資額が価格を押し上げ、さらに融資枠が拡大する」というループが生まれます。
イギリスでも同様の「ヘルプ・トゥ・バイ」制度が価格上昇を助長したことが確認されており
米国市場も同じ構造に陥っていると言えます。
「ウォール街が住宅を独占している」説の真相
SNSで広まった「ブラックロックが全米の家を買い漁っている」という主張は、実際には誇張が大きいものでした。
投資用不動産の大半は個人投資家(9戸未満の小規模オーナー)であり、機関投資家のシェアはわずか数%。
むしろ現在は高価格・高金利により、投資家の購入意欲も落ち込んでいます。
住宅購入は「いつ有利になるのか?」
結論として、購入が合理的になる条件は2つです。
- 長期居住する場合
従来は3〜5年で賃貸より得になるケースが多かったですが、今は15〜20年、場合によっては28年かかる試算もあります。
つまり「定住」と「老後まで保有」を前提にするなら購入が正解です。 - 大幅な割安購入が可能な場合
著者の試算では、市場価格から30%割引で初めて購入が賃貸と拮抗するとのこと。
強い交渉力や特殊な状況がなければ難しい条件です。
今後の展望と戦略
・FRBが利下げしても、長期金利やインフレ期待が高ければ住宅ローン金利は下がらない可能性がある。
・ベビーブーマー世代の住宅売却が本格化する2030年代半ばまでは、供給不足が解消されにくい。
・したがって短期的に価格が急落する見込みは薄く、「高止まり+低成長」が長期化する公算が大きい。
まとめ
住宅購入は「資産形成の王道」とされてきましたが
2025年の米国市場においてはむしろ賃貸の方が合理的という結論に至ります。
- インフレを考慮した実質リターンはマイナス
- 賃貸の方が安価で柔軟性が高い
- 政府支援は価格下支えに働き、若年層の参入障壁を高めている
もちろん「自分の家を持ちたい」という感情的価値は否定できません。
しかし純粋に投資・資産形成の観点で判断するなら、現状は「買わない勇気」が最大の防御策とも言えるのです。
👉 あなた自身のライフプランを前提に、賃貸と購入のコストを必ずシミュレーションしてみてください。
数字が示す現実は、これまでの常識を覆すものとなるでしょう。