近年、パキスタンの農村部ではかつてないほどの自然災害が繰り返し農業を直撃しています。
わずか3年前、壊滅的な洪水が農民たちのナツメヤシ(デーツ)の収穫をほぼ全て奪い去り
2022年の歴史的洪水では3300万人もの人々が家や職を失いました。
最新のモンスーンも再び深刻な豪雨をもたらし、農作物は腐敗し、農家は破産、労働者は路頭に迷うという負の連鎖が続いています。
デーツ農家を襲った未曾有の豪雨
パキスタン南部シンド州は世界有数のデーツ産地です。
通常なら6月に乾季のうちに収穫されるはずが、今年はモンスーンが早まり、雨が8月まで止みませんでした。
ある農家、グラム・シャビール氏は1500本、成長中の約8割の樹木を失い
投じた肥料代や人件費すら支払えない状態に追い込まれました。
「大木は生き延びても、7〜9年目の若木は全滅した。
15年分の努力が一瞬で奪われたようだ」
デーツは一度成熟すれば60年間も果実を実らせる貴重な作物。
しかし苗から収穫までには最低10年を要します。
洪水は農家の時間を15年巻き戻し、再建は容易ではありません。
労働者と家族の崩壊する生活
洪水の爪痕は農地にとどまりません。
農家で働いていた労働者は家屋も収入も同時に失いました。
ある男性は瓦礫となった家を前に語ります。
「これが私の家だった。屋根も壁も流された。何も残っていない。子どもたちは道端で眠っている」
政府は数百の救援キャンプを設置しましたが、十分に行き届かず
多くの被災者が物資も支援も受けられないまま取り残されています。
世界市場を揺るがす食糧危機
パキスタンは世界第5位のデーツ生産国であり、綿花やコメの主要輸出国でもあります。
洪水によって農業輸出は壊滅的打撃を受け、世界の食料供給網にも影響が広がっています。
例年ならシンド州の市場から500万袋のデーツが出荷されるはずが、今年はわずか1%以下(5万袋程度)にとどまりました。
腐敗した実は人も家畜も食べられず、数億円規模の損失が泥に消えました。
チリ農家を蝕む「熱」と「雨」
同じくシンド州のクンドリは世界最大級の唐辛子市場を抱えています。
ここでも気候変動が収穫を直撃。
- 極端な熱波で苗は枯れ、実がつかない
- 雨が少なすぎても育たず、多すぎても病害虫が蔓延
2023年には唐辛子の収穫量が2018年比で40%減少。
さらに今年8月、90年ぶりの豪雨が襲い、農家は全体の70%を失う見込みです。
3,000人の労働者とその家族(約3万人)の生計が危機に陥りました。
新型コロナで市場が閉鎖されて以降、回復途上だった取引は再び打撃を受け
「気候×パンデミック」の二重苦が農村を覆っています。
科学者が警鐘を鳴らす未来予測
パキスタンは世界の温室効果ガス排出量の1%未満しか占めていません。
にもかかわらず、気候変動の影響を最も強く受ける国のひとつです。
専門家の予測では、2050年までに国内の平均気温は+2℃上昇。
大気が多くの水分を保持し、豪雨や雲の爆発的な集中降水が頻発するとされています。
さらに北部には7,000以上の氷河が存在し、温暖化でかつてないスピードで融解。
これが新たな洪水を誘発し続けています。
加えて、森林伐採や不十分なインフラ整備も災害被害を拡大させる要因となっています。
存続をかけた問い ―「農業か、それとも崩壊か」
- 農民は数十年かけた努力を一夜にして失い
- 労働者は家も職もなくし
- 国家は輸出産業の基盤を揺るがされ
- 世界は食料価格の高騰に直面する
パキスタンの農業が直面しているのは、単なる自然災害ではありません。
それは国家の未来を脅かす「存在の危機」です。
気候危機は国境を越えて影響を及ぼし、いずれ私たちの食卓や市場にも跳ね返ってきます。
シンド州の農地が再び実りを取り戻すには、持続可能な農業支援・気候変動対策・国際的な協力が不可欠です。
「15年を失った」農家の声が訴えるのは、いま人類全体が直面している問いそのもの。
私たちはこの危機を見過ごすのか、それとも未来を守るために行動するのか。
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