インドのナレンドラ・モディ首相が2025年8月末、中国・天津を訪れ、習近平国家主席と会談する予定です。
これは2020年のガルワン衝突以来、最も注目される「関係リセット」の試みといえるでしょう。
同時に日本を訪問し、さらには米国の民主党とも接触を強めるなど、モディ外交は複雑な地政学を背景に「三重メッセージ」を発しています。
本記事では、今回の訪問が持つ意味を整理し、インドが描く長期的な戦略を深掘りします。
天津訪問の背景 ― 上海協力機構(SCO)サミット
今回の天津訪問の主目的は、上海協力機構(SCO)サミットへの参加です。
モディ首相は2014年の就任以来、ほぼすべてのSCOサミットに出席しており
これは「義務的外交」ともいえる部分です。
しかし、ただの“定例行事”では終わりません。
重要なのは、習近平主席との会談がセットされている点です。
インドと中国は、ガルワン衝突で数十年来最悪の関係に陥りました。
その後も国境問題は完全に解決しておらず、両国の不信感は根強いままです。
天津での会談は、5年ぶりの本格的な「リセットの場」として注目されます。
「微笑外交」と「断絶」の歴史
ここで、過去10年のインド・中国関係を振り返ってみましょう。
- 2015年(西安訪問)
モディは習近平の故郷・西安を訪れ、両国の蜜月を演出。 - 2018年(武漢サミット)
「武漢コンセンサス」により「対立を紛争化させない」方針を確認。 - 2019年(マーマラプラム会談)
文明交流を象徴する演出で関係改善をアピール。 - 2020年(ガルワン衝突)
両軍が流血、数十年で最悪の対立へ。信頼関係は崩壊。 - 2022年(G20バリ)・2023年(BRICSヨハネスブルグ)
握手や短い会話はあったものの、実質的進展なし。 - 2024年(BRICSカザン)
ラダック国境の一部で緊張緩和の合意。
つまり、モディと習の関係は「蜜月と断絶」を繰り返してきたのです。
今回の天津会談が、過去の延長線上の「表面的リセット」になるのか、それとも新たな局面を開くのかは大きな焦点です。
なぜ日本を組み合わせたのか?
注目すべきは、モディ首相が天津訪問に先立ち日本を訪れている点です。これは偶然ではありません。
インドと日本は近年、経済・安全保障で急速に接近しています。
その背景には以下の要因があります。
- トランプ政権の関税圧力
米国はインド・日本双方に高関税を課し、経済的に圧力を加えている。 - 「自由で開かれたインド太平洋」構想
インドと日本は、この理念の下で安全保障協力を進めている。 - 経済協力の拡大
日本企業のインド投資は急増。インフラ・製造業・半導体分野で共同プロジェクトが進展。
つまり、日本訪問を中国訪問とセットにすることで、「中国一辺倒ではない」というバランス感覚を示したのです。
米国へのサイン ― 民主党との接触
さらにもう一つ見逃せない動きがあります。
在米インド大使が米民主党幹部と会談し、インドの立場を直接説明したのです。
現在、米印関係はトランプ政権下での関税戦争により揺れています。
共和党寄りの政権との摩擦を補うため、インドは民主党とのパイプ構築を急いでいます。
大使が伝えたメッセージは
- 互恵的な貿易関係の重要性
- 追加関税の撤廃
- サプライチェーン強化で米印双方が利益を得るべき
というものでした。
これは、インドが米国の政権交代リスクを見越して「超党派ロビー活動」を展開していることを示しています。
インド外交の本質 ― 「戦略的自律性」
これらを総合すると、モディ外交の狙いが浮かび上がります。
それは、「戦略的自律性(Strategic Autonomy)」の追求です。
- 中国とは対立を管理しつつ、経済協力の余地を探る。
- 日本とは経済・安全保障での連携を深化。
- 米国とは政党を問わずパイプを築き、関税圧力を緩和する。
つまりインドは、米中対立の板挟みに陥るのではなく
複数の大国を天秤にかけ、自国に最大の選択肢を確保する戦略を取っているのです。
考察:リセットは可能か?
では、天津会談で本当にインド・中国関係が「リセット」できるのでしょうか。
筆者の見立ては、「限定的リセットに留まる」可能性が高いと考えます。
理由は
- 国境問題の構造的難しさ(一度の会談で解決不可能)
- インドの対中警戒心は国民レベルで強い
- 中国もインドを「米国寄りの競争相手」と認識している
したがって、天津での会談は「全面的な和解」ではなく
緊張の管理と経済協力の限定的再開に焦点が当たると見るべきでしょう。
まとめ
今回のモディ首相の天津訪問は、単なる中国との会談ではありません。
- 中国との関係修復の試み
- 日本との協力深化でバランス外交を演出
- 米民主党との接触で関税圧力に対抗
これらを同時に進めることで、インドは自国の立場を最大化しようとしています。
言い換えれば、モディ外交は「微笑外交」と「現実主義」を使い分けながら
インドをアジアの中心的プレイヤーに押し上げる戦略を取っているのです。
👉 今後の注目点は、天津会談が「写真外交」で終わるのか、それともガルワン以来の断絶を本当に修復する一歩になるのか。
ここにアジアの地政学的未来がかかっています。