ここ数か月、米国の国家債務の増加ペースが歴史的な水準に達しています。
2024年までの「年間2兆ドル規模の財政赤字」ですら深刻といわれていましたが、2025年夏はそれを超えるスピードで借金が膨らんでいます。
6月末の米国政府の債務残高は 36.2兆ドル。
それが7月末には 36.9兆ドル(+7,000億ドル)、さらに8月末には 37.3兆ドル(+4,000億ドル)。
わずか2か月間で 1.1兆ドル超 の借入が積み上がった計算です。
これは「月に5,000億ドルをクレジットカードで使い込んでいる」ようなもので、年間ペースに換算すると 6兆ドルの赤字 に匹敵します。
これは2020年パンデミック期の記録的な3.3兆ドル赤字をも大きく超える規模です。
借金はどこに消えているのか?
「そんな大金を何に使っているのか?」と多くの人が疑問に思うでしょう。
一部は既存の支出(社会保障、政府職員給与、軍事費など)に使われていますが
注目すべきは 財務省の「TGA(Treasury General Account:一般勘定口座)」 です。
7月半ば、この口座残高は 2,960億ドル でしたが、8月末には 5,890億ドル に増加。
つまり 約3,000億ドルが「政府の当座預金」に積み増された のです。
財務省はさらに9月末までに 8,500億ドル にする計画を発表しており、そのために追加借入を続けています。
イメージしやすく言えば、年収10万ドルの人が毎年20万ドルをカードで使い込み
さらに「手元の預金を2,000ドルから8,000ドルに増やしたいから」と追加でキャッシングして貯金口座に入れている状態。健全とは言い難いでしょう。
誰がこの巨額を貸しているのか?
不思議に思うかもしれませんが、米国債への需要は依然として旺盛 です。
特に短期国債(T-Bill)は金利が下がっており、買い手が多いことを意味します。
その資金源は以下のような存在です。
- マネーマーケットファンド
- 高金利預金口座
- 企業の余剰資金運用
投資家や金融機関にとって「短期国債=安全で流動性の高い運用先」であり、インフレ率に近い利回りを得られるなら悪くない選択肢だからです。
さらに「近く利下げが来る」と予想している投資家は、今の金利で国債を買い込み、将来の価格上昇(債券価格は金利低下で上昇)を狙っています。
利下げが本当に「政府の救い」になるのか?
米政府は現在、短期債中心の借入 を行っています。
理由は「近く利下げが来れば、安い金利で長期債に借り換えできる」と期待しているからです。
しかし歴史を振り返ると、それほど単純ではありません。
- 1940年代~1980年代、米国の債務対GDP比は120%を超えていました。
- 政府は金融抑圧(QEやイールドカーブコントロール)で乗り切ろうとしましたが、その代償として長期金利(10年債利回り)は 2% → 15% まで急騰しました。
- 結果として「借金はインフレで相対的に軽くなった」が、民間は高金利に苦しむ時代が長く続きました。
つまり、仮に短期的に利下げがあっても、長期金利(住宅ローン・自動車ローン・クレジットカード金利に影響する部分)が下がらない可能性は高いのです。
マネーサプライ(M2)の復活
もう一つの重要な視点は 米国のマネーサプライ(通貨供給量) です。
- 2020~2021年:年率26%の異常な増加(前例なきマネープリント)
- 2023年春:逆にマイナス成長(▲4.7%)まで縮小
- 2024年以降:再びプラスに転じ、現在は年率約5%の増加
その結果、米国のマネーサプライは過去最高の22兆ドル超 に達しました。
歴史的に見ても「マネー供給の伸び率が5~10%」はインフレ圧力の温床です。
特に利下げで借入コストが下がれば、さらにお金が市場に流れ込み、資産価格や物価の上昇が再加速する可能性があります。
個人が取るべき行動は?
ここから個人投資家や生活者に関わる示唆を整理します。
- 借入の見直し
もし住宅ローンが6〜7%台で、5%以下に借り換えできるチャンスが来たら迷わず動くべきです。その好機は長く続かないかもしれません。 - 資産配分の見直し
短期国債やマネーマーケットファンドは、まだ妙味があります。しかし長期的にはインフレリスクを考慮すべきで、金や実物資産(不動産、インフラ関連株)も分散対象となるでしょう。 - インフレ時代を前提に行動
今後数年間は「低金利&低インフレ」の世界に戻る可能性は低く、むしろ 「高債務・高インフレ・高ボラティリティ」 の新常態が続くと考える方が自然です。
歴史的な債務危機との比較:似ている点と違う点
今回の米国の状況を理解する上で、過去の事例と比較することは有益です。
- 戦後イギリス(1940年代〜50年代)
第二次世界大戦後、イギリスは債務残高がGDP比250%に迫る規模となり、事実上の財政破綻状態でした。
政府は「金融抑圧」政策をとり、国債を強制的に国内機関投資家に買わせ、長期的にインフレで実質的な債務を削減しました。
→ 今の米国も「インフレを利用して債務を軽くする」という構図は類似しています。
ただし当時のイギリスは基軸通貨ポンドの地位を失いましたが、米国は依然としてドルが基軸通貨であるため、海外投資家の需要に支えられやすい点が相違です。 - 1970年代アメリカ
ベトナム戦争とオイルショックに伴い、財政赤字とインフレが同時に拡大。
ドルは金との交換が停止され、変動相場制に移行しました。
結果、長期金利は15%前後まで急騰し、国民生活は高金利と物価高に苦しみました。
→ 今回も「高債務+インフレ再燃」のリスクは共通しています。
ただし現代はデジタル金融環境のため、資金移動が速く、危機が拡大するスピードは当時以上に早い可能性があります。 - ギリシャ債務危機(2010年代)
EU加盟国であるギリシャは自国通貨を持たず、ユーロ建てで借金を抱えたため、金融緩和や通貨安による調整が不可能でした。
結果、国債市場が崩壊し、国際支援に頼らざるを得なくなりました。
→ 米国は自国通貨ドルで債務を発行できるため、ギリシャのような「即時の資金繰り破綻」リスクは低いですが、その分「ドルの信認を毀損する長期的リスク」は大きい点が異なります。
まとめ
- 米国の国家債務は 2か月で1.1兆ドル増、年換算では 6兆ドルの赤字ペース。
- 借入の一部は TGA(政府の当座預金)積み増し に使われている。
- 短期国債への需要は旺盛だが、長期金利はインフレ再燃で上昇リスクが大きい。
- マネーサプライは再び拡大しており、資産インフレと物価上昇圧力が戻りつつある。
- 歴史的に見ても「戦後イギリス」「1970年代アメリカ」「ギリシャ危機」と共通する構造があり、違いは「基軸通貨ドルを持つ強み」と「デジタル時代特有のスピード感」にある。
結論として、米国は今「借金を借金で回す時代の終わり」に差し掛かっており
個人はインフレ・金利上昇・市場のボラティリティに備えた柔軟な資産戦略を取る必要があります。