2025年9月、ヒマラヤの小国ネパールで、誰も予想しなかった政治的激震が起きた。
きっかけは、政府による主要SNSの一斉遮断。
しかし、真の原因は長年積み重なった汚職・ nepotism・若年失業への怒りだった。
Z世代を中心とする若者の蜂起は、最終的にK.P.シャルマ・オリ首相の辞任と政府中枢施設の炎上へとつながった。
平和的デモから流血へ
9月8日、首都カトマンズのマイティガル・マンダラに数千人の若者が集結した。
高校生・大学生を中心に、NGO「ハミ・ネパール(Hami Nepal)」が組織した平和的行進だった。
彼らは「議会へ」と歩みを進めたが、政府は水砲・催涙ガス・ゴム弾で排除を試み、やがて警察は実弾発砲に踏み切る。
結果は惨烈だった。
19人以上が死亡、数百人が負傷。
犠牲者の中には未成年も含まれると伝えられ、国民の怒りは頂点に達した。
カトマンズだけでなく、ポカラやバラトプルなど地方都市にも抗議は広がり、外出禁止令も効果を失った。
SNS一斉遮断が引き金に
政府は2023年以降、SNSプラットフォームに「国内窓口設置・登録」を義務づけていた。
未登録企業は遮断対象となり、2025年9月3日の期限を経て、Facebook、Instagram、YouTube、X(旧Twitter)、WhatsAppなど主要26サービスが一斉に遮断された。
唯一、登録済みだったのはTikTok。
政府は「偽情報防止」を名目にしたが、若者は「言論封殺だ」と反発。
観光業や在外労働者との通信にも直撃し、経済と日常生活の動脈が切断されたことで不満が一気に爆発した。
「ネポキッズ」炎上と格差の可視化
怒りを象徴したのは、SNS上で拡散した#NepoKidsのハッシュタグだ。
政治家の子弟がブランド品や高級車を誇示する一方で、庶民の子どもは海外に出稼ぎし、棺で帰国する現実。
この対比をTikTok動画で次々と発信した若者たちは、格差と腐敗を世間に可視化した。
若者失業率は約20.8%。
雇用の乏しい国内を離れ、多くの青年が中東や東南アジアに出稼ぎへ。
なかには高収入を求めてロシア軍に参加する者まで現れ、送金依存経済の歪みが深刻化していた。
汚職にまみれた政治エリート
ネパール政治は2008年の王制廃止以降、民主化を果たしたが、17年で13政権交代という不安定さが続く。
主要3党(ネパリ会議派、統一マルクス・レーニン主義派、毛沢東主義派)の党首はいずれも汚職疑惑に絡み
司法制度には「政策決定は捜査対象外」という抜け穴まである。
近年では
- 元首相シェール・バハドゥル・デウバ:航空機購入を巡る不正疑惑
- プシュパ・カマル・ダハル:ゲリラ兵補償金の流用疑惑
- K.P.シャルマ・オリ:最高裁命令を無視した茶園土地転用問題
が取り沙汰され、信頼を失った。
抗議の拡大と政権崩壊
実弾発砲の翌日、抗議は制御不能となった。
議会、首相官邸、大統領府まで炎上。
財務相は群衆に追われて暴行され、軍が閣僚をヘリで退避させる事態に。
内相は「道義的責任」で辞任、やがてオリ首相も9月9日に辞任を表明した。
一部では「民主制の失敗」を理由に王政復古論まで飛び出すが、これは短絡的だ。
問題は制度の欠陥と腐敗であり、解決策は透明性のある民主主義の強化にある。
経済への打撃
この政治危機は、ネパール経済に直接的な打撃を与えている。
- 観光業:SNS遮断で予約や宣伝が途絶え、繁忙期にキャンセルが相次いだ。
- 内需:外出禁止や治安不安でサービス消費が急減。
- 財政:暴動対応や補償で歳出は増大、景気悪化で税収は減少。
- 対外信用:国債リスクが上昇し、投資環境は悪化。
今後のシナリオ
- 暫定内閣+選挙で秩序回復
国際社会からの支援を得つつ、制度改革に着手できれば観光業は数季以内に回復可能。 - 強権安定
軍主導で沈静化しても、投資とイノベーションは停滞し、腐敗温存リスクが残る。 - 長期不安定化
改革が進まず、成長の機会を失い、外貨不足や国際支援依存に陥る。
筆者の視点:Z世代が突きつけた「制度アップデート」の必然
今回の蜂起は、声を封じても現実は変わらないことを示した。
むしろ、遮断や弾圧は情報を一点に収束させ、怒りを爆発させる。
Z世代が突きつけたのは「破壊」ではなく「設計変更」の要求だ。
ネパールが再び立ち直るには
- 実弾発砲の独立調査と責任追及
- SNS規制の透明化と国際基準化
- 若者雇用創出(観光DX、技能輸出の高度化、起業支援)
- 汚職の構造的防止(資産公開・入札透明化・内部告発保護)
が不可欠だ。
もしこれを怠れば、王政復古論や強権安定への誘惑が再び社会を分断するだろう。
逆に、この危機を「制度アップデートの契機」とできれば、ネパールは観光と技能人材輸出を軸に、新たな持続的成長モデルを描けるはずだ。
結論
ネパールのZ世代は「無力」と言われてきた。
しかし今回、彼らは国家の未来を変える現実的な力を示した。
次の課題は、そのエネルギーを制度改革と経済成長へ昇華できるか。
それができれば、ネパールは“炎上”から“再生”へと向かうだろう。