アメリカ農業はいま、同じ「関税」という政策のもとで、まったく異なる運命を歩んでいる。
アイオワの大豆農家にとってそれは不安と重荷であり、インディアナのエビ養殖家にとっては追い風となっている。
トランプ政権が再び打ち出した対中・対印の強硬な通商政策は、アメリカ農業の光と影を鮮明に映し出している。
大豆農家に広がる不安
アイオワ州ウォータールーで大豆を育てるトッド・ウェスタン三世はこう語る。
「干ばつも価格も、資材や融資も心配だ。関税はさらに新しい不安を増やすだけだ。」
大豆はアメリカの基幹輸出作物であり、特に中国は世界最大の買い手だ。
中国は世界の大豆輸入量の6割以上を占め、例年であれば秋収穫分の予約を春先から進めている。
しかし2025年現在、新穀の米国産大豆は一粒も契約されていない。
昨年同時期には1200万トン以上の予約があったことを考えると、異例の事態だ。
2018年の米中貿易戦争を思い出す農家も多い。
当時、中国の報復関税によって米農業は約270億ドルの損失を被り、その7割以上が大豆に集中した。
収益が最も不安定な作物に、再び同じ矢が飛んでいるのだ。
ブラジルという強力なライバル
中国の買い控えの穴を埋めるのがブラジルだ。
ブラジルは2013年に輸出で米国を上回り、2019/20年度以降は生産でも世界最大となった。
土地の制約が少なく、人件費や生産コストでも優位に立つ。
中国が米国産を避ければ、その分ブラジル産が入り込む。
これは短期の価格問題にとどまらず、長期の市場シェアの移動を意味する。
関税が資材コストを直撃
農家の苦境は輸出だけではない。
肥料や農機にも関税コストが跳ね返る。
米農機大手ジョンディアは、鉄鋼・アルミ関税によって2025年に約6億ドルの追加コストを見込むと発表。
農機価格はさらに上昇し、資材調達の重荷が農家にのしかかる。
エビ養殖にとっての追い風
一方、インディアナ州でエビを育てるカリーナとダリル・ブラウン夫妻は笑顔を見せる。
「関税が発表されたときは本当にうれしかった。うちのエビにも、アメリカの漁師にもチャンスが来た。」
アメリカ人が食べるエビの94%は輸入品で、その多くはインドやベトナムから来る。
年間16億ポンド(約60億ドル規模)もの輸入に押され、国内のエビ養殖業者は長らく苦戦してきた。
しかし2025年、トランプ大統領はインド産エビへの追加関税を25%、さらに8月からは最大50%に引き上げた。
この結果、国産エビとの価格差は縮まり、地元のレストランや消費者が「新鮮で地元産のエビ」を選びやすくなっている。
ブラウン夫妻は15年以上にわたり、試行錯誤を重ねて室内養殖を成功させてきた。
初年度は100万匹以上を死なせたが、いまや月600ポンド超を出荷できる規模に成長した。
彼らは「インディアナをエビの首都に」と意気込む。
数字が示す現実
- 米国農業輸出は2024年に1760億ドルに達したが、中国との摩擦で不透明感が強まっている。
- 2024年には216件の農場破産が記録され、前年比55%増。小規模家族農場が打撃を受けている。
- ただし2025年の純農業所得は前年比40%増の約1798億ドルと見込まれている。これは政府補助と保険制度拡充による支えが大きい。
- 米国の農場の95%は家族経営。農業は「収益」だけでなく「家族の legacy(遺産)」を守る営みでもある。
都市農業という新しい道
トッド・ウェスタン四世はミネアポリスで都市型農業に挑んでいる。
マイクログリーンをレストランに直接販売し、国際価格や関税の影響を受けにくいビジネスモデルを構築した。
「自分たちで価格を決められる」という強みは、グローバル相場に翻弄される従来型農業とは対照的だ。
トランプ政権の対応と課題
2025年7月、トランプ大統領は農業支援のため650億ドル規模の法案に署名し、その大半を作物保険や災害補助に振り分けた。
さらに4月には「米国水産業の保護」を目的とする大統領令を発出。
農業と水産業を通じて「不公正な貿易慣行」と戦う姿勢を鮮明にしている。
だが、農家にとって重要なのは支援金ではなく「安定した販路」である。
大豆農家は中国依存からの脱却を迫られ、エビ養殖家は関税が永続する保証がないことを理解している。
結論:同じ政策でも違う未来
同じアメリカの農村で、同じ「関税」という政策が、大豆農家には苦境を、エビ養殖家には好機をもたらしている。
この二重性は、農業がいかに国際市場と政策の風向きに左右されるかを物語っている。
農家が生き残るために必要なのは、単なる補助金ではない。
販路の多角化、コスト削減、そして物語性のある付加価値戦略だ。
トッド・ウェスタンのように輸出依存を脱して都市で新しい市場を開拓するか、ブラウン夫妻のように輸入品との差別化で国産を売り込むか。
アメリカ農業の未来は「雨を待つ」のではなく、「自分で雨を降らせる」戦略を持てるかどうかにかかっている。