いま私たちが直面している現実は極めてシンプルで、同時に混乱を招く。
株式、不動産、暗号資産、金や銀といった貴金属、さらには生活費に至るまで、あらゆる価格が史上最高水準に並んでいるからだ。
「すべてがバブル」に見えるこの状況を、どう読み解くべきか。
本記事では価格の本質を掘り下げ、「本当に歪んでいるのは分母であるドルではないか」という視点から整理する。
史上最高が並ぶ光景
まずは現状を確認しよう。
- 金:1オンス3,600ドル台半ばで史上最高水準
- 銀:40ドル超と歴史的な高値圏
- ビットコイン:11万ドル台と過去最高水準
- S&P500:6,500前後で史上最高圏
- ナスダック100:2万3千を突破
- ダウ平均:4万5千台
- ラッセル2000:数年ぶりの高値圏
- ケース・シラー住宅価格指数:史上最高
資産クラスだけではない。
米国の牛ひき肉、電気料金、学費、医療保険料といった生活コストまでが軒並み史上最高。
名目上、あらゆるものが「過去一番高い」状態にある。
過去のバブルと今の違い
歴史的に「バブル」は特定セクターの価格が異常に膨張する現象として現れる。
- 2000年のITバブルではナスダックが急騰したが、ダウ平均は横ばいだった。
- 2017年の仮想通貨バブルではビットコインが2万ドル近くまで急騰したが、株式市場全体はほとんど動かなかった。
つまり、バブルの特徴は「一部の価格だけが突出して高騰する」こと。
しかし現在は株式、暗号資産、不動産、生活費まで広範に上昇している。
比較対象がすべて同時に高いので「バブルかどうか」の判断が困難になっている。
本当に壊れているのは「ドル」ではないか?
ドル指数(DXY)を見れば、2015年から大きく変動していない。
つまり「ドル自体は安定しているように見える」。
だがDXYはドルを他の通貨と比較した指数にすぎない。
他国通貨も同時に刷られていれば、相対値は安定してしまう。
しかし生活者が直面しているのは「ドルでどれだけモノが買えるか」だ。
つまり通貨対通貨ではなく通貨対モノの購買力こそが本質であり、その面ではドルは確実に価値を失っている。
ミーゼスが語った「クラックアップ・ブーム」
オーストリア学派の経済学者ルートヴィヒ・フォン・ミーゼスは、通貨が継続的に価値を失う状況で人々が現金を避け、あらゆる資産やモノに資金を逃避させる現象を「クラックアップ・ブーム」と呼んだ。
これはハイパーインフレのような極端な状況だけでなく、現在のアメリカのように緩慢なインフレが持続する社会でも同じ構図が見られる。
現金を持つこと自体が不利となれば、人々は不動産や株式、ビットコイン、金、あるいは生活必需品にまで資金をシフトさせる。
ゴールド建てで見ると“常識”に戻る
ドル建てでは「史上最高」のオンパレードだが、金を基準にすると景色は変わる。
- S&P500の金建て:歴史的に高めだがドットコム期ほどの異常さはない
- ナスダックの金建て:同様に極端なバブル水準ではない
- ダウ平均の金建て:むしろ妥当か割安寄り
- ラッセル2000の金建て:割安感すらある
- 米住宅価格の金建て:ドル建て高値と対照的に低水準
つまり「すべてバブル」と見えるのは、ドル建てで見ているからそう錯覚している可能性が高い。
マネーサプライと金利
米国のM2(マネーサプライ)はコロナ期の急膨張後に一時減少したが、再び増加基調にあり、過去最高水準を更新している。
前年比成長率は通常レンジの5〜10%近辺に戻りつつあり、今後の利下げ観測を考えるとさらに膨張が続く公算が大きい。
これは「ドルという分母」が長期的に希薄化し続けることを意味する。
名目価格が上がりやすいのは自然な流れであり、「全てがバブル」というよりドル安による名目ドリフトと理解すべきだ。
投資家が取るべき姿勢
では、どう行動すればいいのか。
- ドル錯覚を回避するためにゴールド建ての指標を併用する
- 株式、コモディティ、不動産、暗号資産など複数の資産クラスに分散する
- 利下げ局面に備え、実質金利の動向を注視する
- 定期的なリバランスと積立投資で通貨劣化に耐性を持つ
- 「現金の座りが悪い」時代には、キャッシュの置き場所を吟味する
結論
「すべてがバブル」に見えるのは、実はドルという分母の価値が下がっているからにすぎない。
名目の数字だけを見れば、あらゆる資産と生活費が史上最高に映る。
しかし、ゴールド建てや実質金利を基準にすれば「割高と割安の地図」はまだ描ける。
投資家に必要なのは「通貨錯覚」から解放される視点だ。
ドルではなく、より安定したモノサシで世界を測る。
その習慣こそが、通貨が静かに価値を失う時代を賢く生き抜くための武器となるだろう。