全米で拡大するデータセンターの実像――AIブームの裏で進む「都市規模の消費」と生活への影響

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序章:雲の正体は“巨大倉庫”

「クラウド」という言葉からは、空の彼方に浮かぶ無形の世界を想像しがちだ。
しかし実際には、アメリカ全土で週に2つ以上のペースで建設されているのは、街の外れや砂漠地帯に立ち並ぶ巨大な倉庫群だ。
そこでは私たちの写真や動画が保存され、AIモデルが訓練され、日常的な検索やチャットに応答する。

だがその存在は驚くほど不可視である。
どこに、誰が、どれだけ建てているのかを把握する公的機関は存在しない
建設計画や稼働実態は“企業秘密”の名の下に伏せられ、住民が問いただしても「NDAで話せない」と門前払いされる。
クラウドの利便性の裏で、現場では不透明さと摩擦が積み重なっている。


データセンター・アレー:北バージニアの異様な密度

その象徴が、ワシントンD.C.郊外のバージニア州ローデン郡
ここは「データセンター・アレー」と呼ばれ、世界最大級の集積地だ。
世界のインターネット通信の大部分が一度はここを通過するとも言われる。
上空から眺めると、無数の直方体の建屋が住宅街に隣接して立ち並ぶ光景が広がる。

一方で、住民の生活は一変した。

  • 常時響く低周波の唸りに眠れず、窓を二重に改装しても振動は止まらない。
  • 子どもが「宇宙船の音がする」と怯えて夜中に目を覚ます。
  • 騒音基準はクリアしているが、それは一時的な工場稼働を前提に設計された規制であり、24時間365日稼働するデータセンターには適用しきれていない

「必要なのは理解している。でもなぜ住宅の真横に建てるのか」
30年以上住んできた住民の言葉は切実だ。


透明性なき再ゾーニング

問題は騒音だけではない。
バージニア州プリンスウィリアム郡では、住宅用に計画されていた土地が突如データセンター用に用途変更(リゾーニング)された。
結果、住宅街を囲むように高さ23mの建物群が並ぶ未来が迫る。
住民は訴訟に踏み切ったが、裁判所は門前払い。

地元の合意形成よりも巨額の投資を優先する構図が浮き彫りになった。


水を巡る新たな摩擦:アリゾナの砂漠地帯

乾燥地帯でも建設ラッシュは止まらない。
アリゾナ州マリコパ郡では、マイクロソフトのデータセンター群が2019年以降急速に拡大。
各棟が1日100万ガロン規模の飲料水を冷却用に消費する計画が明らかになった。

年間にすれば十数億ガロン――
数万人都市の生活用水に匹敵する量だ。

すでにコロラド川の流量は2000年以降2割減少し、干ばつは慢性化している。
にもかかわらず、データセンターは地下水や流域の割当水を吸い上げる。
最大規模の43%が高水ストレス地域に立地していることも判明した。

大手は「2030年までにウォーターポジティブ(水収支をプラスにする)」と公言するが、その多くは他地域の水利改善を資金で肩代わりする“オフセット”に依存している。
住民にとって、それが実効的かどうかは疑わしい。


電力需要の爆発と化石燃料回帰

水だけではない。電力需要は国家規模で急膨張している。

  • 米エネルギー省の推計では、2028年にデータセンターだけで全米電力消費の7〜12%(325〜580TWh)を占める可能性がある。
  • バージニア州では、電力会社ドミニオン・エナジーが2039年までに発電量を倍増させる計画を公表。増強費用は最大1,030億ドル、家庭の電気料金は最大50%上昇すると見積もられている。

本来、各州は脱炭素を掲げていたが、現実には逆行する動きも出ている。
ネブラスカ州では、データセンター需要に対応するため石炭火力の廃止延期や新規ガス火力建設が決定された。


セキュリティと不可視性:誰が所有者なのか

データセンターはしばしば特殊目的会社(LLC)名義で建設される。
例えばオハイオ州の「Mellin Enterprises LLC」の申請書類を追跡すると、実際の所有者はGoogleだった。

  • 企業秘密を理由に情報公開請求は黒塗り
  • 税優遇の交渉も閉ざされたまま進行

住民が真実にたどり着くには、膨大な書類を突き合わせるしかない。
透明性の欠如は業界全体の共通課題となっている。


税優遇と雇用のギャップ

自治体は競うように税優遇を差し出す。

  • 2023年度のバージニア州では、56件のデータセンター案件に対し約9.3億ドルの税控除が行われた。
  • 全米では37州が優遇制度を用意している。

しかし、恒常的な雇用は多くて150人未満
巨大な建屋群の割に、地域に残る雇用効果は限定的だ。


技術と政策の選択肢

課題は山積しているが、解決策も見え始めている。

  • 水利用の転換
    再生水の活用や空冷方式への移行
  • 電力の地産地消
    再エネPPA、原子力との長期契約
  • 廃熱の再利用
    農業温室や地域暖房への供給
  • 透明性の強化
    SPVの実質的支配者の開示、使用電力量・水量の定期報告

技術的には可能でも、政治的意思と住民合意が欠ければ進まない


筆者の視点:AIインフラは“第二の公共事業”

AIブームを支えるデータセンターは、もはや単なる民間IT施設ではない。

  • 電力・水・土地・騒音といった公共資源に直接依存
  • 負担は局所、利益はグローバルという非対称性
  • 雇用創出は限定的で、地域社会の納得を得にくい構造

これはもはや“第二の公共事業”と位置づけ、インフラ政策・環境規制・都市計画の対象として扱うべき段階に来ている。

AIは社会を変革する力を持つが、そのインフラが「持続可能」でなければ未来は続かない。
次にあなたが「クラウド」に写真を保存するとき、その雲がどこにあり、どんな代償を伴っているのか考える価値は十分にある。

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