リサ・クック疑惑と「93%リセッション予測」の真実――FOMC直前の攻防を読み解く

アメリカ経済と金融政策の最前線では、二つの物語が同時進行している。
ひとつはFRB理事リサ・クックを巡る住宅ローン「二重・主居住」疑惑。
もうひとつはUBSが掲げた「リセッション確率93%」という衝撃的な数字だ。
どちらも強烈な見出しで注目を集めるが、投資判断に必要なのは冷静なファクトチェックと市場への影響分析である。

本稿では、住宅ローンの仕組みや証拠文書の位置づけを整理し、FRBの投票体制と政策決定の実態を解説。
そして「93%リセッション予測」の背景と実際の景気データを踏まえ、読者が投資に生かせる視点を提供する。


目次

リサ・クック疑惑――「二重・主居住」か、それとも政治的攻撃か

疑惑の発端

2021年、クック理事は短期間に2件の住宅ローンを申し込んだ。
一件目はワシントンDC近郊の自宅で、ローンは「主たる居住(primary residence)」として組まれた。
問題視されたのは、そのわずか数週間後に契約したジョージア州のコンドミニアムだ。

批判側は「二つの物件を同時に主居住としてローンを組んだのではないか」と指摘。
これは「占有詐欺(Occupancy Fraud)」に該当する可能性がある。
主居住ローンは条件が有利な分、借り手は「ここに住む」という意思を誓約する必要があるためだ。

ローン・エスティメートとクロージング・ディスクロージャー

ここで重要になるのが、住宅ローン契約のプロセスだ。
申込から3営業日以内に交付される「ローン・エスティメート(LE)」はあくまで見積書。
最終的に効力を持つのは、決済直前に交付される「クロージング・ディスクロージャー(CD)」と本契約書類である。

報道によれば、ジョージア物件のLEには「セカンドホーム」と明記されていた。
一方、最終のCDがどうなっているかは公開されていない。
この空白が、「二重主居住」疑惑を確定できない最大の理由だ。

1年後の賃貸化は問題か?

批判の一部は「その後、ジョージア物件が賃貸に出された」という点を根拠にする。
しかし米国の住宅ローン規則では、主居住ローンでも「クロージングから60日以内に入居し、概ね1年住む」意思を示せば、その後の賃貸化は問題にならない。
セカンドホームローンでも「主に自己使用」であれば賃貸を一部行うことは認められる場合がある。

したがって、単に1年後に賃貸化した事実だけで「詐欺」とは断定できない。

政治的背景

この問題は金融監督機関(FHFA)の長官ビル・プルテによる司法省への刑事付託に発展し、FOMC直前に「解任」の可能性まで取り沙汰された。

しかし地裁は当面の在任を認めており、現在は緊急抗告の判断待ちだ。
共和党系の勢力が利下げを急ぐ中、クック理事がパウエル議長寄りの「慎重派」とされるため、政治的思惑が強く絡んでいるのは否めない。


FOMCの投票体制と利下げの行方

FOMCの仕組み

米国の金融政策はFOMCの投票によって決まる。
構成は以下の12票だ。

  • FRB理事会メンバー:最大7名
  • ニューヨーク連銀総裁:常時1名
  • その他地区連銀総裁:11名のうち4名がローテーションで参加

現在、理事会の空席もあり、1票の重みが増している。
したがってクック理事の在任可否が注目されるのは当然だ。

市場のコンセンサス

9月16〜17日のFOMCでは「25bp利下げ」が市場で最有力視されている。
50bpを主張する声も一部あるが、確率は小さい。

焦点は利下げ幅よりも、ドットプロット(将来の金利見通し)や声明文のトーンにある。


UBS「リセッション確率93%」の真相

数字の出所

UBSが算出した「93%」は、2025年5〜7月のハードデータ(生産・販売・在庫など)を用いたモデルで一時的に跳ね上がったもの。
見出しだけが独り歩きしたが、同社自身の総合判断は「リセッション確率は50%前後」としている。

実際の景気指標

アトランタ連銀のGDPNowモデルは、9月時点で第3四半期の成長率を3.1%と推計。
弱さが「広く浅く」広がっているが、急速な崩壊は見られない。
AI投資や公共支出が成長を下支えしており、「軟着陸」の可能性は依然残っている。


投資家が取るべき視点

短期(〜1カ月)

  • 25bp利下げ+慎重トーンがメインシナリオ
  • 株式:小幅なリスクオン継続の可能性
  • 債券:長期金利は高止まり、急低下は雇用悪化が前提

中期(6〜12カ月)

  • 在庫循環と金利負担で成長圧力は続くが、AI投資がオフセット
  • クレジット市場は二極化(投資適格強、ハイイールド弱)

注意すべきリスク

  • 雇用市場の急悪化
  • 商業用不動産や地方銀行の信用リスク
  • 大統領選に絡む政策・関税の不確実性

まとめ

リサ・クック疑惑は「最終のクロージング書類が公開されない限り断定不可」。
政治的思惑が強く、投資判断は「事実保留」が妥当だ。

UBSの「93%リセッション」も、瞬間的なモデル値にすぎず、実際の総合見立ては五分五分。
FOMC直前の今、重要なのは見出しに振り回されず、一次資料の有無と市場の織り込み状況を見極めることである。

結論として、市場はまだ「軟着陸シナリオ」を捨てていない。
だからこそ、過度な悲観にも強気にも寄らず、シナリオ別の勝ち筋を確保するポートフォリオ戦略が求められる。

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