米国経済をめぐる議論は、常に「強さ」と「減速」の間で揺れ動いている。
2024年後半から2025年にかけても同様だ。
とくに今年の夏は、空港トラフィックや小売売上高、消費支出、GDP予測といったデータが次々に発表され、投資家やエコノミストの間で見方が分かれている。
FOMC(米連邦公開市場委員会)の利下げが目前に迫るなか、実際の米経済はどこに立っているのか。
最新のデータと市場の解釈を整理する。
空港トラフィックが示す「旅行回復」
7月と8月の米空港利用者数は2024年を上回り、夏の旅行需要が完全に戻った。
TSA(米運輸保安局)は8月11日に1日3,090万人超を検査し史上最多を更新、7月4日週末も過去最高水準を記録した。
夏場の旅行ピークが前年を上回ったのは、家計の可処分所得と景気への安心感が依然として根強いことを示している。
一方で、5〜6月にかけては前年割れを示唆する見方もあった。
ただしTSAの実績では6月23日にも過去最多を更新しており、「全国的に低迷した」という説明には疑義が残る。
いずれにせよ、旅行関連支出が年後半に回復基調を取り戻したことは間違いない。
小売売上高は「予想外の強さ」
米商務省が9月16日に発表した8月の小売売上高は前月比+0.6%と、市場予想(+0.2%)を大幅に上回った。
さらに7月分も+0.5%から+0.6%へ上方修正。
自動車を除いたベースでも+0.7%と力強さを見せた。
内訳を見ると、衣料品店が+1.0%、非店舗小売(Eコマース)が+2.0%、飲食サービスが+0.7%と堅調。
一方で、建築資材・園芸店は前年比-2.3%と弱さが続く。
高金利環境の影響が長引く住宅関連分野は依然として重石だが、消費の中心であるサービス・アパレル・オンラインは健在である。
デビットカード消費の増加という意外な動き
週次データでは、8月末時点でデビットカード支出が前年比+3.3%と、クレジットカード支出を上回る伸びを記録した。
一般的にデビット利用は低所得層に多いため、この現象は「裾野の消費」が底堅いサインとも解釈できる。
同じ週にオンライン小売は前年比+8.3%増。
旅行支出も+2.8%と伸びを維持しており、下位所得層から中間層まで広い範囲で消費の持久力が働いていることが見て取れる。
GDPNowの上方修正が映す「景気の芯」
アトランタ連銀のGDPNow(速報推計)は9月10日の3.09%から9月16日に3.4%へ引き上げられた。
牽引役は実質個人消費支出と、実質民間国内総投資。
とくに投資は6.2%から6.9%へと強含み、企業が依然として設備投資や在庫積み増しを進めていることを示す。
この数字は、景気後退に直結するような急失速シナリオとは相容れない。
むしろ「減速はあっても芯は残る」というソフトランディングの道筋を裏付ける。
調査系指標の弱さとその解釈
対照的に、エンパイア製造業指数は予想+4.3に対して-8.7と悪化し、NY連銀サービス業指数も大幅マイナスを記録した。
こうしたサーベイ調査は体感や期待に依存するため、実際の支出や投資データと食い違うことがある。
心理的な冷え込みと実体経済の強さのギャップが、現在の米景気を読み解くうえで最大のポイントといえる。
失業保険申請と「テキサス要因」
9月上旬に失業保険新規申請が急増し、2021年以来の高水準となった。
ただしその多くはテキサス州での不正申請増加が原因とされ、実態を表していない可能性が高い。
労働市場の崩壊シグナルと結論づけるのは早計だ。
FOMCの「パント利下げ」
FOMCは9月17日の会合で25bpの利下げを決定する可能性が極めて高い。
市場もほぼ完全に織り込み済みであり、50bp利下げの確率は5%前後に過ぎない。
今年は11月会合がなく、次は10月28〜29日の「ハロウィン会合」。
その直前にADP雇用統計(10月1日)、BLS雇用統計(10月3日)が控えており、FRBは「データ依存」を強調する構えだ。
マーケットへの含意
- 株式市場
小売・旅行・外食・Eコマースの強さは循環消費株を下支え。
利下げとともにバリュエーション調整余地も広がる。 - 住宅・建材株
目先は弱さが残るが、金利低下が定着すれば追随的な反発余地。 - 債券市場
10年国債利回りは4%割れに接近。長短金利差は縮小傾向にあり、リセッション懸念から「正常化」モードへ。 - リスク管理
トレーリングストップや分散投資を用い、週次の弱い指標に振り回されないことが肝要。
筆者の視点:健全な減速の中での強さ
米経済は「強く、しかしほどよく減速」している段階にある。
旅行や小売の堅調さ、投資の持ち直しは、ソフトランディングのシナリオを裏付ける。
一方で調査系指標や住宅関連は弱含み、雇用統計が今後の最大リスクとなる。
FOMCはパニックにも傲慢にもならず、「25bp利下げ+様子見」のスタンスをとるだろう。
投資家にとっては、短期のノイズではなく月次・四半期のトレンドを基軸に判断し、強さと減速の両面をバランスよく組み込むことが求められている。