波乱含みのFOMCへ
9月16〜17日に予定されるFOMC(米連邦公開市場委員会)は、いつにも増して注目を集めている。
理由は二つある。
一つは、リサ・クック理事をめぐる訴訟と控訴裁の判断。
もう一つは、スティーブン・ミランの新任承認だ。
さらに、ANZやJPモルガンなど大手金融機関が相次いで「利下げペース」を巡る大胆な予測を打ち出し、市場の神経を逆撫でしている。
経済指標も追い風となる。ニューヨーク連銀のエンパイア製造業景況感指数は9月に−8.7まで急低下し、景気減速シグナルを点灯させた。
株式市場は「0.25%の利下げ」をほぼ織り込み済みだが、その先の見通しは各社で分かれる。
以下では、この複雑に絡み合う要素を整理しながら、今回のFOMCの「台本」と投資家が注目すべき視点をまとめたい。
リサ・クック理事:「続投」を勝ち取った控訴裁の判断
トランプ陣営はクック理事の罷免を求めていたが、D.C.巡回区控訴裁判所はこれを退け、クックはFOMCに参加することが確定した。
下級審の判断を維持し、クックの地位は当面安泰となった形だ。
トランプ側は「二重居住の申告」などを巡って不正を主張しているが、刑事訴追には至っていない。
争点は最高裁に持ち込まれる見通しで、連銀の独立性をめぐる攻防は今後も続くだろう。
スティーブン・ミランの承認と異例の兼務
9月上旬、スティーブン・ミランが上院で48対47という僅差でFRB理事に承認された。
彼はホワイトハウス経済諮問委員会(CEA)の議長でもあり、無給休職の形で兼務する異例の立場にある。
この人事は、8月に辞任したアドリアナ・クグラー理事の後任だ。
クグラーはジョージタウン大学で教鞭をとるため退任した。
これにより、FOMCは「クック理事(民主党寄り)」と「ミラン理事(共和党寄り)」という両極的な存在を同時に抱えることになり、政策決定の独立性やバランスが一段と注目される。
金融市場が織り込む「0.25%カット」とその先
市場は今会合での0.25%利下げをほぼ既定路線とみている。
CME FedWatchによれば、0.50%の“ジャンボカット”の確率は一桁台にとどまり、据え置きの可能性はごくわずかだ。
JPモルガンの見立ては「0.25%利下げ+一部メンバーが『もっと深いカット』を主張する可能性」としている。
つまり、タカ派vsハト派の争点は「25か50か」にシフトしており、「利上げ」や「据え置き」はほぼ排除されている。
ANZのシナリオ:年内2回+26年初にも追加
ANZは、年内に計2回の利下げを予測し、さらに2026年初にももう一段階の緩和を想定している。
合計では0.50〜0.75%の切り下げ幅となり、マーケットコンセンサスとほぼ合致する。
一方で、動画内で語られた「来年3月末までに1.25%(5回)利下げ」という断定的シナリオは一次情報では裏付けが取れず、誇張的な表現とみられる。
実際には、緩やかな“階段状”の利下げが現実的だ。
雇用の「ブレークイーブン」が下がっている理由
今回の議論で興味深いのは、労働市場のブレークイーブン雇用増が低下している点だ。
CBO(議会予算局)は2025年のネット移民流入を40万人程度と予測。
2023〜24年の200万人規模から大幅に減少する。
これにより、労働力人口の伸びが鈍化し、失業率を安定させるのに必要な雇用増は月3〜8万人程度まで低下している。
さらに、米労働統計局(BLS)は過去の統計を見直し、23〜24年の雇用者数を▲91万人下方修正。
表面的に見えていた「堅調な雇用」が実際には水増しされていたことが判明した。
これらの要因は、利下げを後押しする論拠として強まっている。
シナリオ別の市場インパクト
- 0.25%利下げ+ハト派声明
→株式市場は上昇、長期金利低下、ドル安へ。
最も「心地よい」シナリオ。 - 0.25%利下げ+タカ派声明
→「正常化にすぎない」と強調すれば、株は上げ渋り、債券利回りは逆行高。 - 0.50%利下げ
→サプライズ。
短期は株高だが、「景気後退のシグナル」と読まれるとボラ拡大。 - 据え置き
→市場の前提を裏切る。
株は1〜2%下落リスク。
筆者の視点:今回のFOMCは「方向づけの一歩」
今回の会合は、利下げ幅そのものよりも、パウエル議長の声明がどのトーンになるかが最大の焦点だ。
筆者は、ブレークイーブン雇用の低下、製造業の失速、雇用統計の下方修正という三点を踏まえると、年内に0.50〜0.75%の“階段的”利下げが最も蓋然性が高いと考える。
これは「金融市場を過度に緩めない」ための慎重なペースだが、投資家にとってはリスク資産への支援材料となる。
特にテック株や金利敏感株にとっては、短期的なリスクオン環境が継続するだろう。
結論
・クック理事は控訴裁判断で続投、ミラン理事は異例の兼務で就任
・市場は0.25%利下げを織り込み、0.50%カットは低確率
・ANZ・JPモルガンともに「段階的な緩和」を主張
・雇用統計の下方修正と移民減少が利下げの後押し要因
・今回のFOMCは、実際の利下げより「声明の温度感」が勝敗を分ける
筆者は、“ジャンボ利下げ”よりも“階段状の緩和”を軸に、投資戦略を立てるべきだと考える。
短期的には株式市場に追い風が吹くが、その裏側にある「景気減速の現実」を冷静に見極める必要がある。