米連邦準備制度理事会(FRB)は9月のFOMCで政策金利を0.25%引き下げ、4.00〜4.25%に誘導レンジを変更した。
同時にバランスシート縮小(QT)は継続する方針を明示した。
これは大幅緩和ではなく、雇用悪化リスクの高まりに対する「リスク管理的な微調整」と位置づけられる。
景気の現状:消費減速とAI投資の二極構造
FRBが示した最新の経済評価によれば、GDP成長率は2025年前半で年率1.5%前後に留まり、昨年の2.5%から減速した。
背景には消費支出の鈍化がある。
一方で、企業の設備投資やAI関連の無形資産投資が下支え要因として働いている。
ただし、住宅市場は引き続き弱含みだ。
SEP(経済見通し)では2025年GDP成長率1.6%、2026年1.8%と、緩やかな回復が予測されている。
労働市場:「静かな冷え込み」の危うさ
- 失業率は4.3%(8月)
依然として歴史的に低水準だが、上昇傾向が見える。 - 雇用増は3カ月平均で2.9万人
7月以前の15万人超と比べ大幅に減速。 - 労働需給の同時縮小
移民減少や労働参加率低下で供給が減る一方、需要も鈍化。
雇用の流動性が低く、「採用も解雇も少ない低回転市場」が続く。
特に新卒や若年層、マイノリティが影響を受けやすく、もしレイオフが拡大すれば再就職の機会が乏しく失業率が急上昇しやすい。
こうした「見えないリスク」を重視したのが今回の利下げだ。
SEPによれば失業率は年末に4.5%まで上昇する見通し。
その後は低下するとされるが、リスクは明らかに雇用側に傾いている。
物価:財インフレの再燃と関税の影響
- PCE(個人消費支出)価格指数
総合は前年比2.7%、コアは2.9%に上昇。 - 財インフレが上振れ要因。
2024年までマイナス圏にあった財価格が、関税の影響で再びプラス転換。
コアPCEの0.3〜0.4ポイント押し上げ要因と推定される。 - サービス分野ではディスインフレが続く。
関税の転嫁は「輸入業者や卸売業者が一時的に吸収」しているため消費者価格への波及は遅い。
ただし企業は将来的に転嫁を進める意向を持ち、第二波のインフレリスクも残る。
FRBはこれを「一度きりの価格水準引き上げ」と見るが、持続化すればシナリオは崩れる。
SEPでは2025年のPCEインフレ見通し3.0%、2026年2.6%、2027年2.1%と徐々に2%目標へ収束する予想が示された。
金利見通し:ドットは分散、ただし「中立接近」が共通認識
SEPによると政策金利中央値は2025年末3.6%、2026年末3.4%、2027年末3.1%。
6月時点より0.25ポイント低い。
ただし参加者の見通しは「追加利下げ派」と「据え置き慎重派」に分かれ、ドットは大きく分散している。
パウエル議長は「確定的な経路ではなく確率の分布として見るべき」と述べ、meeting by meeting(都度判断)を強調した。
FRBの姿勢:「二つのゴールのはざまで」
FRBの使命は最大限の雇用と物価安定。
通常は「雇用が弱い=インフレが低い」「雇用が強い=インフレが高い」といった単純なトレードオフだが、現在は雇用も弱まり、インフレも粘るという「教科書にない局面」だ。
パウエルは「ゼロリスクの道は存在しない」と明言し、リスクバランスを柔軟にとる必要性を認めた。
市場へのインプリケーション
- 金利市場
短期ゾーンは「あと1〜2回の利下げ」を織り込みやすいが、財インフレが再燃すれば逆行も。 - 株式
金利感応セクター(住宅・公益)に追い風。
AI投資関連は資金調達コスト低下で支援される一方、収益化の進展が焦点。 - 為替
ドルは利下げバイアスとインフレ粘着の綱引きで高値圏もみ合い。 - コモディティ
原油・工業金属はレンジ内、金は実質金利低下で底堅さを維持。
筆者の視点:AI資本形成と雇用リスクの交差点
今回の利下げを「保険」と見るなら、その背景にはAI関連投資に依存した狭い成長構造と、静かに冷え込む労働市場がある。
FRBはこの二つの「鍵」を前に、まず雇用リスクを重視した。
もしAI投資が広く波及し、労働生産性の向上が賃金・雇用改善へ橋渡しされれば、ディスインフレ下の成長持続というソフトランディングが現実味を帯びる。
一方で、関税の第二波転嫁と雇用急減速が同時に来れば、FRBはさらなる利下げと強いメッセージで調整を迫られるだろう。
結論
FRBの0.25%利下げは「小さな一手」だが、市場にとっては「二つのゴールの狭間での決意表明」である。
投資家はAI投資の実需化と雇用指標の変化、この二つのシグナルを冷静に見極める必要がある。