米国の新車価格は歴史的な高水準に張り付いたまま、それでも販売は伸びている。
牽引役は明確で、可処分所得と資産価格の追い風を受けた高所得層だ。
2019年に4台に1台だった「5万ドル超」が、いまやほぼ2台に1台へ。
平均取引価格(ATP)は直近でも約4.9万ドル台で推移し、6桁価格帯(10万ドル超)の販売も拡大している。
これが米国の“いま”だ。
Cox Automotive Inc.+1
価格は本当に「上がった」のか、それとも「高額車が増えた」のか
まず“平均”の錯視をほどく必要がある。
ケリー・ブルー・ブック(KBB)によれば、2025年6月の新車ATPは48,907ドル、8月速報でも約49,077ドル。
ここ1年で大きくは崩れていない一方、6桁の新車販売が過去最高のペースで伸び、低価格帯の選択肢は確実に痩せた。
価格水準の上昇というより、「高額車のシェアが上がった結果として平均が押し上げられている」というのが実像だ。
Kbb.com+3Cox Automotive Inc.+3Cox Automotive Inc.+3
家計負担の“現場感”は? 月々の支払いが語る構造変化
新車ローンの平均月額は第2四半期で749ドル、リースは612ドル。
1,000ドル超の支払いは約15〜20%まで拡大したとの推計も出ている。金利は信用力で大きく二極化し、Q2の新車ローン平均は6.8%。
スーパープライム(781以上)は5%台、ディープサブプライムは16%前後と、同じ車両価格でも金利差が支払いを決定的に変える。
Cox Automotive Inc.+2Cox Automotive Inc.+2
同時に、信用の出し手は慎重化してきたが、2025年夏以降はじわりと緩み、ディーラートラック信用可用性指数(CAI)は6月に改善。
一方で延滞(30日・60日)は前年から小幅上昇し、信用良好層でも遅延の芽は出ている。
高金利下での“支払い限界”が静かに近づく合図だ。
Cox Automotive Inc.+2Experian+2
需要の偏在:株と住宅が“財布”を押し上げる
高所得層は株高・住宅価格の上昇という資産効果を享受し続け、消費意欲でも他層と大差をつけた。
モーニングコンサルトの所得階層別センチメントは、観測史上最大の格差を示し、高所得の消費が全体を“吊り上げる”構図が続く。
販売自体も前年比増で推移しており、8月の新車販売ペースは年率1,600万台近辺へ。
価格は高止まりでも「買える層」が支えれば、ボリュームは作れる。
これが直近の答えだ。
Axios+2Morning Consult Pro+2
供給側の論理:チップ危機で始まった“高収益車偏重”は常態化
半導体不足期に自動車各社は限られた生産能力を高粗利モデルに集中させた。
供給回復後も、トラック/SUVや上級グレードの比率が高いラインアップのまま市場は推移。
KBBの販売データでも6桁価格帯の伸長が確認でき、低価格帯のモデルは“絶滅危惧種”に近づいた。
平均が上がるのではなく、分布が上方にずれる。
構造転換が続いている。
Kelley Blue Book | MediaRoom
追い打ちをかける関税:低価格帯に痛い“コストの上乗せ”
2025年春の25%追加関税は、市場に新たな逆風を持ち込んだ。
1台あたり最大5,700ドルのコスト増との推計もあり、特にエントリー価格帯ほど打撃が大きい。
各社は運賃・ディスティネーションフィーや装備の微調整で“見え方”を工夫するが、持続可能ではない。
結果として「安い新車」の供給力がさらに削られる。
The White House+2Cox Automotive Inc.+2
富裕層頼みの“片肺飛行”が抱えるマクロリスク
ディーラー利益はQ2に前年同期比20%増と堅調だが、支えは高所得顧客だ。
モーニングコンサルトの高頻度データでは上位所得層にも足元で変調の兆しが出始めている。
富裕層の消費が減速すれば、平均価格は下支えを失い、供給側は一気に価格調整を迫られる。
オートローン延滞も静かに上昇し、信用コストの悪化がディスカウント拡大→残価の再評価→リース条件の悪化と負のスパイラルを誘発するリスクがある。
Kelley Blue Book | MediaRoom+2Morning Consult Pro+2
それでも販売は伸びるのか:三つの“逃げ道”
- 価格の最適化(装備・トリムの再設計)
上級装備の標準化をやめ、見かけ上のMSRPを下げる。
パワートレインではハイブリッドの比率を高め、燃費で“実質負担”を下げる。
足元でHEV比率が上がっているのはこの文脈だ。
Cox Automotive Inc. - ファイナンスの再発明
金利高の痛点を、残価保証(リース)・長期ローン・リファイナンスの三点セットで平準化。
Q2は自動車ローンの借り換えが前年比約70%増。
信用が“通る層”の支払いを軽くし、需要を延命させる。
ヤフーファイナンス - 低価格車の“輸入”か“再内製化”か
政策次第だが、中国勢のコスパは世界で実証済み。
米国では関税壁が高いものの、業界幹部の7割超が「いずれ参入」と見ており、ディーラーも受け入れ準備の調査結果がある。
参入が現実化すれば、低価格帯の需給は一気に緩む。
Kerrigan Advisors+1
「在庫と価格の分布」が今年最大の注目点
在庫構造は上方シフトしたまま。
KBBの分析では8万ドル超の在庫の中で、4割強が10万ドル超という“上の厚み”が目立つ。
逆に3万ドル未満の車種は限定的で、平均を押し上げる“ミックス悪化”が続く。
もし高額帯の回転が滞れば、値引き・在庫圧縮の波が一気に押し寄せる。
Kelley Blue Book | MediaRoom+1
データで見る“買える人・買えない人”の溝
・平均支払い
ローン749ドル、リース612ドル。1,000ドル超は約15〜20%。
・金利
新車平均6.8%。スーパープライム5%台、サブプライム13%超、ディープサブプライム16%前後。
・信用環境
CAIは初夏から改善。一方で延滞率は小幅上昇、高スコア層にもストレスの兆し。
・マクロ需要
高所得層の消費・センチメントが相対的に強い。
(出典:Experian、Bankrate、Cox Automotive、Morning Consult ほか)Axios+4Cox Automotive Inc.+4Bankrate+4
現場の声と実際の販売:いまは“峠の手前”
J.D. Power/GlobalDataの月次見通しでは、7〜8月の小売販売が前年超、8月の小売消費額は過去最高圏。
販売ペースは年率1,600万台近辺と、需要自体はまだ“生きている”。
ただし、関税・金利・在庫ミックスという三重苦により、低価格帯の復活は政策と企業戦略次第だ。
J.D. Power+2ヤフーファイナンス+2
筆者の視点:新車は“実用品”から“準・贅沢耐久財”へ
新車は、米国において“誰でも買える日用品”から“資産持ちが買う準・贅沢耐久財”へと静かに衣替えしている。
価格の絶対水準ではなく、価格分布の上方シフト、信用の選別、政策によるコスト押し上げが重なった結果だ。
だからこそ、以下の仮説で向き合うべきだ。
・価格は下がらないが、“買える化”はできる
装備の可変化、ハイブリッドの拡充、在庫の価格帯再編で名目価格と実質負担の両面を調整する。
・ファイナンスはプロダクトの一部
残価と金利を“設計要素”として組み込み、支払い体験自体を商品化する。
・低価格帯の供給は国境の論理
関税とサプライチェーン設計が“3万ドル未満”の生死を決める。
政策が緩めば輸入、厳しければ北米内製でスケール×簡素化 が必須になる。
高所得層のセンチメントが鈍る前に、「安く、早く、十分に良い」という価値提供を回復できるか。
2025年後半〜2026年の勝敗は、ミックス最適化とファイナンス設計に懸かっている。
主要出典・参考データ
・Kelley Blue Book:新車ATP・6桁販売動向(2025年6月・8月)Cox Automotive Inc.+2Cox Automotive Inc.+2
・Experian:Q2 2025 自動車ファイナンス(月額支払い・延滞・借り換え)Cox Automotive Inc.+2Experian+2
・Bankrate:Q2 2025 金利(信用階層別)Bankrate
・Cox Automotive:販売・在庫・信用可用性(CAI)・関税影響(最大5,700ドル)Cox Automotive Inc.+2Cox Automotive Inc.+2
・J.D. Power/GlobalData:7〜8月の販売見通し(小売金額・ATP)J.D. Power+1
・Morning Consult:所得階層別センチメント格差の拡大Axios+1
・Haig Partners:Q2 2025 ディーラー利益 +20%(業界ベンチマーク)Kelley Blue Book | MediaRoom
・Kerrigan Advisors / 各業界報道:中国メーカーの米国参入観測(ディーラー/経営陣の受け止め)Kerrigan Advisors+1
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