何が起きたのか(9月23日・ロードアイランド)
FRBのジェローム・パウエル議長は、ロードアイランド州のGreater Providence商工会で講演し、足元の経済情勢と政策運営のスタンスを明確化した。
結論から言えば、市場が望んだ“追加のハト派サプライズ”はなく、データ依存の慎重姿勢を再確認。
先週のFOMCでフェデラルファンド金利は0.25%引き下げられ4.00〜4.25%のレンジになったが、議長はそれでも「小幅に引き締め的」と位置づけ、先行きは入ってくるデータ次第とした。
連邦準備制度理事会+1
パウエルが語った“現状認識”
最新データは成長の減速を示す。
2025年前半の実質GDP成長は年率約1.5%(昨年は2.5%)。
消費減速が主因で、住宅は弱い一方、設備・無形投資は前年から持ち直し、とりわけAI関連投資が目立つ。
企業・家計マインドは春に大きく悪化した後、なお年初比では低位にある。
連邦準備制度理事会
労働市場は“供給・需要の両方が鈍る”珍しい局面に入り、失業率は8月に4.3%へ上昇。
この夏の雇用増は3カ月平均で月2.9万人と「ブレークイーブン(失業率を横ばいに保つ)より低い」テンポまで減速した。
ただし求人倍率や新規失業保険申請など一部指標は横ばいで、低採用・低解雇の静的均衡という色合いが強い。
連邦準備制度理事会
インフレは山からは下りたが、再びやや上向き。
総合PCEは8月に前年比2.7%、コアPCEは2.9%まで上がった。
上振れの主因は“財価格の反転”であり、その背景には関税の影響が大きいと分析する。
一方でサービス分野のディスインフレ(住居サービスを含む)は継続し、長期期待インフレは概ね2%付近に錨付けされている。
連邦準備制度理事会
関税インフレの捉え方:水準ショックであって持続トレンドではない
パウエルは、関税による物価押し上げは「合理的な基本シナリオとして比較的短命」で、「一度きりの価格水準の切り上げ」がサプライチェーンを通じて数四半期に分散して現れる、と説明した。
つまり“持続的なトレンドインフレ”ではなく“段階的な水準ショック”。
そのうえで、一過性の水準上昇が“持続インフレ”に化けないよう注意深く監視し、必要なら対応するとした。
連邦準備制度理事会
外部報道も同様の要旨を伝えている。
関税のコスト転嫁は想定より「遅く・小さい」一方、全体への影響は現時点で限定的という整理で、FRBは性急な緩和で二次的なインフレ波を招くリスクを避けたい構えだ。
Seeking Alpha+1
政策スタンス:二正面作戦のなかで“中立へ寄せる”
現在は「インフレは上方、雇用は下方」というリスクの非対称が共存する難局。
先週の利下げは、バランスの変化(雇用下振れリスクの増大)に応じて“政策を中立に近づける”ための一歩であり、議長自身はなお「小幅に引き締め的」とみる。
政策はプリセット(事前確約)ではなく、今後も入ってくるデータ、見通し、リスクバランスで調整していく。
連邦準備制度理事会
FOMC声明・会見資料でも、今回の0.25%利下げ(4.00〜4.25%)と、先行きのデータ依存的な姿勢が確認できる。
会合では、より大幅な0.5%利下げを主張した反対票(Miran理事)も記録され、委員間の見解の幅もにじむ。
連邦準備制度理事会+1
Beige Bookが示す地図:不確実性が意思決定を縛る、ただしAIが下支え
各地区連銀のヒアリングを集約するBeige Bookは、全米で“緩やかな成長”と“賃金・価格の小〜中程度の伸び”を示唆。
政策の不確実性が設備投資・採用を抑えるが、AI関連投資は例外的に強い。
ボストン地区(ロードアイランドは同地区)もこの全米的パターンと大差なく、地域差は小さいというのが議長の所感だ。
連邦準備制度理事会+1
なぜ市場は“物足りない”と感じたのか
株式市場は、FOMC後のハト派ムードを受けて長期金利が一時4%を割り込んだ流れの延長で、追加の利下げ示唆を期待していた。
しかし、今回の講演は“慎重な中立”の再確認で、明確な先行ガイダンスは提示されず、「リスク管理としての小刻みな利下げ→様子見」の構図が強調された。
結果として、長期金利は4.1〜4.2%台へ戻り、バリュエーションの高い銘柄には逆風に。
パウエル自身も「株価は歴史的な指標と比べて高め」と評しつつ、金融安定リスクは総じて抑制されているとの見方だ。
バロンズ
講演から読み解く“3つのキーメッセージ”と投資的含意
物価の再加速は“関税由来の水準押し上げ”が中心で、長期期待は安定
長期的なインフレ期待は2%付近で安定し、関税の影響は段階的に剥落していく“基本シナリオ”。
ただし、それが“持続インフレ”に変質しないかの監視は怠らない。
ゆえに、拙速な連続利下げは正当化されにくい。
連邦準備制度理事会
雇用は静かに冷え、ブレークイーブンを割り込むテンポ
雇用増は月2.9万人まで鈍化し、失業率は4.3%。
ただしレイオフは低く、求人・申請は横ばい。
これは“低採用・低解雇”の静的均衡で、悪化が表面化するまでタイムラグがあり得る。
過度な緩和を急がず、しかし弱さが深まれば機動的に動けるポジション取り(=「なお小幅に引き締め的」)が最適と読む。
連邦準備制度理事会
AI投資は循環減速下の“底支え”
不確実性が意思決定を縛るなかでも、AI向け設備・無形投資は強い。
これはGDPやコア資本財需要の底を支えるが、金利の高止まりやマージン圧力が長引けば案件の選別は厳格化し、裾野は二極化し得る。
連邦準備制度理事会
政策運営の“流儀”:透明性・独立性・データ依存
パウエルは、政治的圧力から独立して「中期的に最善の政策」を追求するFRBの立場を再確認。
政策は「プリセットではない」、つまり事前に道筋を固定せず、入ってくるデータに即して最適化していく。
講演では「二正面リスクに無リスクの道はない」と強調し、バランス感覚を前面に押し出した。
連邦準備制度理事会+2Investing.com+2
総括:ご褒美は出なかったが、“骨太のフレーム”は示された
今回の講演は、市場が期待した“年内の明確な追加利下げの道筋”を与えるものではなかった。
しかし、重要なのは、政策の軸足がどこにあるかを明確にした点だ。
すなわち
・インフレ上振れリスクと雇用下振れリスクの同時管理
・関税インフレは“段階的な一度きりの水準ショック”
・AI投資は構造的な下支え
・政策はまだややタイトで、データ次第で微調整
これがFRBの現在地である。
市場にとっては“派手さ”はないが、経済の実像を丁寧にトレースした内容で、次の方向性は雇用・物価の“質の変化”が握る。
FOMCの利下げ再加速を見込む前に、まずはデータを待つ。
これがパウエルのメッセージだ。
連邦準備制度理事会+1
出典
・FRB公式 講演テキスト「Economic Outlook」(2025年9月23日、ロードアイランド)…失業率4.3%、月間雇用増2.9万人、総合PCE2.7%・コアPCE2.9%、関税=段階的な一度きり、政策金利4.00〜4.25%かつ“なお小幅に引き締め的”などの一次情報。連邦準備制度理事会
・FOMC声明(2025年9月17日)…政策金利レンジを4.00〜4.25%へ引き下げ、反対票の内訳。連邦準備制度理事会
・FOMC会見トランスクリプト(2025年9月17日)…データ依存方針や見通しの補足。連邦準備制度理事会
・主要メディア要旨(Barron’s、AP、Axios)…二正面リスク、株式バリュエーション、関税影響の短命性・一時的価格水準上昇の整理、慎重な利下げ姿勢。バロンズ+2AP News+2