米景気は後退か回復か?マイク・ウィルソン論争を雇用データで読み解く

景気診断が割れるときほど、投資家は“時差”を読み解く必要があります。

ここ3年の米国は、業種ごとに景気後退が順繰りに表れるローリング・リセッションで説明されてきましたが、足元は“順繰りの回復=ローリング・リカバリー”へ移行しつつある、という見方が台頭。
モルガン・スタンレーのマイク・ウィルソン(米国株ストラテジスト)は、その代表的論者です。

本稿はウィルソンの主張と反論点を、雇用統計の“遅行性”と市場の“先行性”という二つの時計で読み解き、次の投資アクションに落とし込みます。MarketWatchは、ウィルソンが「ローリング・リセッションから初期回復へ」「FRBが利下げに後ろ向きなら短期調整も」との見方を示したと報道しています。マーケットウォッチ

ローリング・リセッション/ローリング・リカバリーとは?

ローリング・リセッション
景気後退(冷え込み)が国全体で一気に起きるのではなく業種や地域ごとに順番に回ってくる現象。

ローリング・リカバリー
その逆で、回復(温まり)が順番に広がっていく現象。


なぜ「ローリング(回転しながら)」なの?🌀

景気はひとつのエンジンでは動きません。
半導体・製造・物流・小売・住宅・金融…といった複数の“歯車”が、それぞれ違うサイクルで回っています。
だから、A業種が悪いときにB業種は持ち直すといった“順番待ち”が起き、悪化も回復も波のように巡回します。


従来型リセッションとの違い⚖️

  • 従来型(全体同時)
    需要が急減→雇用・生産・消費が広く同時に悪化。
  • ローリング型(順番)
    悪化と回復が交互にバトンを渡す。
    国全体の統計は「横ばい~緩い成長」に見えやすい一方、中では明暗がはっきり出る。

直感的なたとえ🥶→🥵→🙂

  • ローリング・リセッション
    クラスで風邪が一度に流行するのではなく、席をずらしながら順番に体調を崩すイメージ。
  • ローリング・リカバリー
    同じクラスで回復者が順に増えていくイメージ。
    最初に元気になった人が周りを手伝い、全体が徐々に元気に。

どう見分ける?(超シンプル指標の見方)🔍

  • 広さ
    悪化(または回復)が複数セクターに同時に出ているか、一部だけか。
  • 時差
    株価は先、雇用は後に反応しがち。
    先に上場企業の受注・投資が動き、雇用・賃金は遅れて追随。
  • 資金調達環境
    金利や与信が重いと裾野に波及が遅い軽いと一気に広がる

典型パターン(イメージ)🧭

  1. 投資財・先端テックが先に回復
     AI向け設備・半導体上流・産業ソフトなどが受注主導で先行
  2. 製造~物流に波及
     部材・装置・輸送が玉突きで改善
  3. 内需・小型株に拡散
     金利低下や信用改善が進むと、小売・住宅・中小企業へも回復のバトンが渡る。

※逆に、ローリング・リセッションの局面ではこの順序が悪化方向に進み、先に弱った所から徐々に回復へと切り替わっていきます。


投資家の実務ポイント💡

  • 平均に惑わされない
    マクロの平均成長が横ばいでも、中の優勝・劣後は大きい
  • “核”と“裾野”を分ける
    先に立ち上がる核(設備投資・高付加価値製造・省人化テック)と、金融条件に左右される裾野(小型・内需循環)で戦略を切る。
  • ボラの正体は“時差”
    悪い雇用ニュースが遅れて出ても、先行するセクターのストーリーが壊れていなければ押し目になりやすい。

目次

いま何が起きているのか(主張の整理)🧭

ウィルソン陣営の骨子は次の通りです。

  • 過去3年は“業種ごとの小さな景気後退”が持ち回りで発生(ローリング・リセッション)。
  • 統計改定も踏まえると、労働サイクルの谷は春ごろに通過。
    市場はすでに回復を先取りし、初期サイクル入り。
  • ただしFRBが賃金・インフレを優先して利下げペースを鈍らせるなら、短期的に調整もあり得る。

この“リセッションから回復への橋渡し”は、2024年以降の米景気を「ローリング・リカバリー」と評した他陣営(シュワブのリサーチなど)とも呼応しています。
マーケットウォッチ+2advisorperspectives.com+2

反論の焦点はどこか(長期失業・雇用改定・遅行悪化)🧪

強気シナリオへの主要な反論は三つあります。

  1. 長期失業の比率(27週間以上)が上振れ基調にある月が出始めており、リセッション的なシグナルを強める懸念。
    FREDのLNS13025703は、米景気後退期にこの指標が遅れて悪化しやすい“お作法”を可視化しています。
    FRED+2FRED+2
  2. BLSの年次ベンチマーク改定では、2024年春までの雇用増が下方修正されました。
    速報値の“強さ”が改定で薄まると、ボトム時期の読みが後からズレることもある(最終的な改定でマイナス約60万人)。
    Bureau of Labor Statistics+1
  3. 失業率や失業の変化は“景気に対する遅行・同時~準先行の混在”で、変化率はリセッション予兆として有力という地区連銀の分析(失業変化×利回り曲線の組み合わせの有効性)。
    リッチモンド連邦準備銀行

要は、雇用の“悪い面”は後ろからやって来ることが多い。
これが、「もう底を打った」という断定を難しくしている核心です。

歴史の教訓:株は先に底打ち、雇用の悪化ピークは後から来る⌛

「株式は景気に先行する」は経験則です。
実務家のサム・ロー(CFA)は、株価の底は実体経済の底より数か月先行する傾向を整理しています。
雇用はその後でピーク悪化に達することが多い(2001年、2008–10年の局面は典型例)。
この“時間差”が、ボトム通過後も悪い雇用ニュースが続きやすい理由です。
tker.co

注意点は、“株が先に底打ちする”がゆえに、雇用の遅行悪化ニュースで市場が一時的に揺れやすいこと。
メディアも「株と雇用は短期的に脱同調化し得る」と指摘しており、短期ボラの温床になります。
The Washington Post

「ローリング・リカバリー」の正体(どこから温まり、どこが遅れるか)🔥➡️🧊➡️🌡️

ローリング・リカバリーは、回復の“コア”と“裾野”のタイムラグで説明できます。

コア(先に温まる)

設備投資・製造・先端テック需要(AIデータセンター、半導体サプライチェーン、オプティクス、自動化ソフトなど)。
PMIや企業の投資計画に先導されやすい。
advisorperspectives.com

裾野(遅れて温まる)

小型株・低クオリティ・クレジット感応の強い領域(中小企業、金利に敏感な消費)。
ここは金融条件の緩み(名目・実質金利の低下、信用環境の改善)がカギ。

ウィルソンはまさにこの“裾野の遅れ”を理由に、FRBの緩和ペースが鈍ると短期調整の余地と述べています。
裏を返せば、緩和速度が上がれば、小型株や循環株への“第2・第3の回転”が進むということです。
マーケットウォッチ

雇用データを“味方にする”読み方(実務フロー)🧰

雇用統計は月次のノイズと改定が宿命。
以下の順で“時間差”を評価します。

  1. 先に市場を観る(与信・金利・クレジットスプレッド・センチメント)
  2. 次にハードデータの方向性(求人・賃金・就業者増のトレンド)
  3. 遅れてくる悪化(長期失業、失業率の遅行的上昇)を“想定内の揺れ”と位置づける

この際、BLSの年次ベンチマーク改定は、前年春までの雇用増を一括調整するため、“谷が後から動く”可能性を常に念頭に。
速報ヘッドラインより、改定後のトレンドが価値あります。
Bureau of Labor Statistics+2Bureau of Labor Statistics+2

次の6週間に備えるチェックポイント(短期ボラの芽)⚠️

雇用レポート(民間ADP→政府NFP)

弱すぎる数字は「後手のFRB」観測で成長株のバリュエーション見直し、強すぎる数字は「高金利長期化」観測でディフェンシブ回帰、のどちらにも振れ得る。

財政イベント(政府機関閉鎖など)

過去には押し目要因になりがちだが、金利・QT・国債発行の供給圧力と重なると短期の逆風に。
ウィルソンのチームは、利下げ期待と実際のFRBスタンスの乖離が再調整を招く点を警戒しています。
マーケットウォッチ

セクターとスタイルの“回転仮説”🧭

シナリオ別の回転は次のイメージ。

名目金利低下かつ実質金利も低下(ディスインフレ進行)

小型株、景気循環、国内オールドエコノミーへ波及が進む。

名目金利粘着・インフレ再燃観測

高収益グロース・質への逃避が続き、AI投資の中核(半導体上流、産業ソフト、光学部材、データセンター関連設備)に相対優位。

“ローリング・リカバリー”の中核へ資金が残りやすいとの指摘は、戦術の基軸足として妥当です。マーケットウォッチ+1

まとめ(投資の指針)✅

  • 結論は二項対立ではない。
    ローリング・リセッションは“時間の断面”、ローリング・リカバリーは“時間の流れ”。
  • 株は先、雇用は後。
    遅行悪化のニュースは短期ボラの温床だが、ボトム否定の証拠ではない(歴史的にも株の底は景気底より前に来やすい)。
    tker.co
  • 月次の雇用弱さや長期失業の上振れが出ても、ベンチマーク改定を含むトレンドで確認する。
    Bureau of Labor Statistics+1
  • 短期の“揺れ”は、コア(AI投資循環・高付加価値製造)への押し目となりやすい。
    緩和の速度が上がるシグナルが見えれば、裾野(小型・循環)への回転を段階的に加速する。
    マーケットウォッチ+1
参考・出典

・MarketWatch「モルガン・スタンレー(マイク・ウィルソン):利下げペースと乖離すれば株は調整リスク」マーケットウォッチ
・MarketWatch「雇用減速は“リセッションの終わり”を示す(ウィルソン・チーム)」マーケットウォッチ
・Charles Schwab(Advisor Perspectives転載)「ローリング・リカバリーの兆候」advisorperspectives.com
・Bloomberg「ウォール街の新論点:ローリング・リカバリー vs. ローリング・リセッション」ブルームバーグ
・BLS「CES ベンチマーク改定(2025年2月公表、24年春時点で非農業者数−58.9万人改定)」Bureau of Labor Statistics
・Reuters「米雇用、24年3月までに約−59.8万人の下方修正」Reuters
・FRED「27週以上の失業者比率(LNS13025703):長期失業の推移」FRED+2FRED+2
・Richmond Fed「失業の変化はリセッション予測に有用(タームスプレッドと併用)」リッチモンド連邦準備銀行
・Sam Ro, CFA「株の底は実体経済の底より先行する傾向」tker.co

この“二つの時計”(市場の先行、雇用の遅行)を同期させて眺めれば、論争はむしろ投資戦術を洗練させる材料になります。短期の揺れは恐れる対象ではなく、コア・テーマを積み増すタイミングを教えてくれる“鐘の音”です。

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