相場より“現場”が先に壊れる
米中の関税応酬が再点火すると、最初にひびが入るのは作物価格(現物)で、その亀裂が農家の投資意欲(設備更新)を冷やし、最後に企業の成長ストーリー(株価・ガイダンス)に波及します。
2025年秋の米国大豆はまさにその教科書どおりの展開です。
中国が米産大豆の新規買いを見送る一方、南米(特にブラジル・アルゼンチン)への発注を急増。
米国では収穫期の供給増と買い手不在が重なり、価格の下押し圧力が強まっています。
ファイナンシャル・タイムズ+2Reuters+2
需要の穴:なぜ“売れない”だけでなく“採算が合わない”のか
中国は世界の大豆輸入の約6割を占める最大需要家。
米国産もその影響を強く受け、通商摩擦前の7年間で米国の対中輸出が“米国の大豆輸出全体の平均約60%”、米国内生産の“平均約28%(年によっては3割超)”を中国が吸収してきました。
大口が抜けると、数量の減少だけでなく“取引価格そのもの”が利益の出ない水準へ沈みやすい。
これが農家のキャッシュフローを一気に冷やす本質です。
American Soybean Association
2025年入り後、米国の新穀に対する中国の買いが見えない状況が続き、ブラジルは輸出記録を更新。
さらに、アルゼンチンが一時的に輸出税を停止したタイミングで、中国はアルゼンチン産を大量発注。
米国の“売りたい時に買い手がいない”状況が深まっています。
パデュー大学農業部+2Reuters+2
中国側は対米大豆貿易について、「不合理な関税の撤回が拡大条件の前提」との立場を公式に繰り返し表明。
“買い戻し”の政治条件が引き続き重くのしかかっています。
Reuters+2中国商務省+2
供給側の拘束:輪作と置き換え不能の現実
畑はコーン↔大豆の輪作で回っています。大豆が採算割れだからといって、一斉にコーンへ切り替えれば今度はコーン価格が崩れる。
作付け・土壌・保険・設備・地域物流の制約があり、“全体で痛みを分散するしかない”のが実務です。
このため農家のフリーキャッシュは痩せ、機械更新(CAPEX)に回りにくい構造になります。
米国の作付動向は2024〜25年も大豆減・コーン増の流れが確認されていますが、それでも価格の“重さ”は簡単に解けません。
USDA 農業統計+2USDA 農業統計+2
コスト側の直撃:鋼材・アルミの関税で“機械が高い”
関税は売値(作物価格)だけでなく買値(設備・資材)も押し上げます。
鋼材やアルミ、肥料等のコスト増はサイロ・乾燥機・アタッチメント・トラクター本体に波及。
“穀価は安いのに機械は高い”というミスマッチが、更新需要をさらに遅らせる要因になっています。
2025年の政策動向でも関税負担の増加や相互報復が続き、農機サプライチェーンに不確実性が残るとの報道が相次ぎました。
グローバル制裁と輸出管理ブログ+2China Briefing+2
現金給付の現実:延命には効くが、投資は動かない
2018–19年の関税ショック時、米政府はMarket Facilitation Program(MFP)で総額約280億ドルの支援を実施。
1経営体あたり平均約2.2万ドル(2019年)が支払われました。
ですが、ハーベスター1台=数十万〜100万ドル級の世界では、これは設備更新ではなく資金繰りの延命に使われやすい規模です。
今回の支援も設計次第では“延命止まり”になり、新車の前倒し需要にはつながりにくい点に注意が必要です。Congress.gov+1
John Deereに波及:売上減×マージン圧迫の二重苦
**需要(農家の財布)とコスト(素材・関税)の両面から圧迫され、John Deereの四半期売上は前年比▲9%前後の減少が連続。
見通しも下方修正され、関税コストの増加が決算でも語られています。
粗利率・営業利益率もじり安で、“量も価格も”逆風という構図です。
ジョンディア+2Reuters+2
地理的にはDeereの売上は北米が主軸で、アジア・アフリカ・中東・オセアニア合計は約84億ドル中の約43億ドル(比率約8.4%)にとどまるとの集計が出ています。
中国販売が止まっても直撃は限定的ですが、米農家が投資を絞れば本体の痛みが直撃します。
Bullfincher
Deereの2025年Q3では売上▲9%、EPS▲24%、フリーキャッシュ創出の鈍化が話題になり、通年利益見通しの上限を5.5B→5.25Bに引き下げ。
市場は「需要サイクルの谷が長引く」可能性を意識しています。
ジョンディア+2ヤフーファイナンス+2
価格・政策・設備投資:回復シナリオの3条件
① 作物価格が損益分岐へ戻れるか
中国の買い戻しが鈍いままでは基差の改善が遅れ、資金繰りは硬直したまま。
南米シフトの固定化が続けば、米国価格の“天井の低さ”が続きます。
Reuters+1
② 支援の設計が“延命→投資促進”に変わるか
現金給付は即効性がある一方、更新投資や精密農業導入(ハード+ソフト)に結びつく金利補填・下取り補助・サブスク補助などが組まれないと、ディーラー受注→バックログ→在庫の改善は限定的になりがちです。
2019年MFPの経験は“延命に効くが、成長にはつながりにくい”ことを示しています。
Congress.gov
③ 農機の価格・中古下取り・在庫ミックスが整うか
中古相場が崩れると新車はさらに鈍る。
Deereは在庫・生産調整を進めていますが、“販売価格の粘着性”ד農家の採算悪化”の板挟みは続いています。
ジョンディア
データで押さえる「いま」と「これから」
- 米作物レシートの屋台骨はコーン+大豆(2024年で約45%)。
両者の価格が重い限り、農家キャッシュは細る。
経済研究サービス - 2018年の対中関税→報復で、米大豆価格は統計的に下押し(生産者余剰の縮小)との分析。
“買い手不在”は価格体系を壊す。
サイエンスダイレクト+1 - 2025年の作付は“コーン増・大豆減”の流れが公的統計で確認。
置き換えの限界が続く。
USDA 農業統計+1 - 中国側は“関税撤回が前提”との公式メッセージを継続。
短期の“政治的買い”だけでは構造は戻らない。
Reuters+1 - DeereはQ3売上▲9%、関税コストや需要鈍化を理由に見通し下方。
“北米依存”が強い分、米農家の投資抑制が直撃。
ジョンディア+2Business Record+2 
よくある誤解に答える🧠
大豆がダメなら全部コーンにすれば?
一斉シフトはコーン価格の暴落を招く恐れ。
輪作・物流・保険・設備の制約があり、短期の最適解は限定的です。
USDA 農業統計
「中国が少し買い戻せばすぐ回復?」
サプライチェーン再配線(港・物流・契約)の粘着性が強く、南米依存の固定化が進行。
“前の常態”へは戻りにくい。
Reuters+1
DeereはAI・サブスクで安泰?
長期の柱だが、ハード更新が止まるとソフト浸透も鈍る。
“両輪”で回るモデルである点を誤解しないこと。
マニュファクチャリングダイブ
投資家の視点:PEGと“前提の壊れやすさ”
市場はDeereに25%前後の中期EPS成長を織り込みPEG≒1と“割安”に見がちですが、成長前提が10%台に鈍るだけでPEGは一気に割高に見えます。
成長仮定が最も壊れやすいのは「農家の財布が薄い局面」です。
四半期スライドで示された部門別の減収(生産・精密農業:▲16%など)は、更新投資の鈍化を端的に物語ります。
Investopedia
筆者の結論:“延命から投資へ”の設計転換が鍵
延命=現金給付は倒産の波を抑える一方で、更新需要の本格回復は呼び込みにくい。
更新補助(下取り・金利補填)×精密農業導入補助(ハード+ソフト)を束ねた“投資促進型の政策設計”が出れば、ディーラー受注→バックログ→在庫→粗利の順で定量の改善がにじみます。
逆に、関税が長期化し、南米シフトが固定化し、給付が断続的な補填に留まるなら、価格の重さと更新意欲の冷えは続きます。
「畑→機械→株価」という時間差の伝播を見落とさず、作物価格(先物と基差)・輸出成約・在庫・受注残・中古相場・ガイダンスを連関で追うことが、この局面の最重要スキルです。
パデュー大学農業部+1
参考ソース(主要)
- 中国の“買い見送り”と南米調達加速:Financial Times、Reuters、Purdue Extension 等パデュー大学農業部+3ファイナンシャル・タイムズ+3Reuters+3
 - 対中依存の実数(輸出の60%、国内生産の28%):American Soybean Associationレポート(2025/8)American Soybean Association
 - 2018–19年の貿易損失推計と価格下押し:USDA・ERS、学術論文経済研究サービス+1
 - MFPの給付規模と平均支払額:GAO、USDA資料政府 Accountability Office+1
 - 作付動向(コーン増・大豆減):USDA NASS(2024–25)USDA 農業統計+1
 - Deereの売上減少・見通し下方・関税負担:Deere Q2/Q3リリース、Reuters、Business Record 等ジョンディア+2Reuters+2
 - 地域売上の概況:外部集計(比率・金額)Bullfincher
 - 中国側の“関税撤回”要求の公式発言:MOFCOM定例会見、SCMP、Reuters/Yahoo転載等Reuters+2中国商務省+2
 
(注:企業の地域別内訳は最新10-Kや四半期資料の注記で年次により表現が異なるため、比率は集計サイトの要約値も併記。決算は当該四半期の公式リリースを一次情報として参照。)


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