何が起きているのか:米国で再燃する“半期化”論
米国で四半期報告の見直し(半期=6カ月ごとへ)を巡る議論が再燃しています。
2018年に当時の政権がSECに再検討を要請して以降、SECは「開示の頻度・内容・タイミング」に関する意見募集を行い、四半期主義の弊害と実務コストの両面から制度の再設計を検討してきました。
2025年9月には、報告頻度の“選択制”や半期化を示唆する発言や報道が相次ぎ、アジェンダ最前線に戻っています。
Fox Business+3SEC+3IAS Plus+3
参考までに、米国で四半期報告(Form 10-Q)が制度化されたのは1970年。
それ以前は半期報告が一般的でした。
つまり「半期」は歴史的に“逆戻り”ではないという位置づけです。
AAA Publications+1
海外の実例:EU・英国は“義務の四半期”を外している
EUは2013年のトランスペレンシー指令改正で、義務的な四半期報告を撤廃。
英国も2014年に四半期の強制を取りやめ、現在は半期報告+任意の四半期更新という運用が一般的です。
実務では“任意で四半期も続ける企業”も多く、「頻度より質」への転換が国際的潮流です。
CFA Institute Research and Policy Center+3European Commission+3FCA+3
研究面でも、四半期義務の撤廃は投資やパフォーマンスに明確な悪影響を与えないとする知見が複数。
むしろアナリストカバレッジの変化や事務負荷の軽減といった実務的影響が中心との指摘が多いです。
CFA Institute Research and Policy Center+2Oxford Law Blogs+2
期待できるメリット:短期最適化の歪みを減らす
長期志向の強化
四半期ごとの「数字合わせ」圧力が緩み、研究開発・設備投資・人材投資のような回収に時間がかかる価値創造へ資源を回しやすくなります。
SECの2018年意見募集でも“短期ガイダンス文化”の見直しが論点化していました。
ハーバード法律学校コーポレートガバナンスフォーラム
開示コストの圧縮
IR・会計・法務の恒常的負担を軽くし、本業への再配分を促進。
海外でも事務負担軽減が四半期緩和の主目的として明記されています。
European Commission
ガイダンスの質的転換
EPSの“0.01ドル合わせ”より、KPIとユニットエコノミクスを軸にした中長期ロジックの説明が評価されやすくなる設計が可能です(後述の実務チェックリスト参照)。
※制度面の設計次第。
見過ごせないデメリット:透明性の希薄化とイベント・ボラ
情報空白の拡大
四半期→半期でブラックアウト期間が延長。
不調や逆風の露見が遅れ、発表日にギャップダウンが大きくなりやすい(イベント・ボラの集中)。
これは英国・EUでも懸念され続けているポイントです。
ECGI
監視機能の遅延
不正の多くは開示書類の整合チェックで露見します。
頻度低下は発見の遅延に直結。
ただし米国にはForm 8-K(四営業日以内の臨時開示)があり、重要事象の随時開示で頻度低下を補完しうる設計です。
Investor.gov+1
インサイダーの誘因
情報非対称の期間が長くなると、インサイダー取引のリスクが上がる懸念。
米国は10b5-1計画の厳格化(2022年改正:クーリングオフ導入・重複プラン制限など)で抑止強化を進めています。
SEC+1
よくある論点の事実関係を補正する
「四半期→半期で不正容認になる」
 不正は引き続き違法。10b5-1改正や8-Kの運用を組み合わせ、“頻度は下げても透明性は落とさない”設計が可能です。
SEC+2Federal Register+2
PDT(パターン・デイトレーダー)規制の由来
FINRA規則に基づくリスク管理・証拠金の枠組みで、5営業日で4回以上のデイトレかつ全体の6%超でPDT指定、最低自己資本2.5万ドルが要件。
テックの処理能力というより投機リスク抑制の制度です。
Investor.gov+1
適格投資家(アクレディテッド)の要件
原則は純資産100万ドル(自宅除く)または年収20万ドル/世帯30万ドル。
2020年改正でSeries 7/65/82など有資格者も対象化されました。
“金持ちだけ”ではなく徐々に知識基準も導入されています。
SEC+1
マーケットインパクト:価格形成はこう変わる
イベント集中のボラ拡大
発表1回あたりの情報量・サプライズ幅が増え、IV(インプライド・ボラ)が上振れしやすい。
決算跨ぎ戦略(プット一部買い/コールカバード)などのプレヘッジ需要が厚くなるのが基本線。
情報裁定の時間軸拡張
四半期の“決算トレード”依存から、代替データ(消費・求人・トラフィック・在庫・電力など)を高頻度で繋ぐリサーチへ。
英国・EUの経験でも、企業の任意開示とアナリストの工夫が空白を埋める形が一般的です。
CFA Institute Research and Policy Center
“開示の質”で資本コストに格差
KPIの一貫性・注記の充実・臨時開示の機動性が高い企業は、投資家の不確実性(リスクプレミアム)を低下させやすい。
“頻度<質”の局面で評価差が広がります。
ECGI
実務チェックリスト:もし半期化するなら(企業編)
- セグメントKPIの固定化
MAU/ARPU、NRR、解約率、在庫回転、稼働率などユニットエコノミクスを半期の“物語”として説明(定義の一貫性が命)。 - キャッシュフロー中心主義
PL偏重から脱し、運転資本の季節性やCapex回収シナリオを半期ごとに明示。 - 臨時開示(8-K)の厳格運用
マテリアルイベントは4営業日以内。半期+臨時でタイムリー性を担保。
Investor.gov - インサイダー統制
10b5-1のクーリングオフ/重複プラン禁止を遵守。
役員売買は事前計画の可視化を徹底。
SEC+1 
実務チェックリスト:半期化前提の投資術(投資家編)
月次KPIウォッチの自作
銘柄ごとに先行KPIセット(例:SaaSなら新規ARR・NRR・ロゴチャーン、小売なら同店売上・在庫回転・仕入れ価 等)を設計。
任意開示+代替データで“空白の半年”を埋める。
イベント・ボラ対策の定型化
最大許容損失・ヘッジ手段(部分プット、スプレッド等)を規律化。
“開示の質”をスコア化
KPIの一貫性、注記の明瞭さ、臨時開示の機動性、監査の信頼度を定量評価し、リスクプレミアムに織り込む。
分散とサイズ管理
ギャップダウン耐性は分散とサイズで作る。
銘柄ごとの最大損失×保有比率でポート全体のダメージを事前評価。
私の結論:頻度より“質”で勝つ時代へ
半期化の是非は“頻度の二者択一”ではなく、“質と臨時開示の設計次第”です。
- 短期
イベント・ボラは一時的に拡大。 - 中期
開示の質で資本コストに格差。 - 長期
短期最適化の歪みが薄まり、ROIC志向が定着すれば資本配分の効率は高まりうる。
米国が制度変更に踏み切るなら、10b5-1の厳格運用と8-Kの運用徹底を前提に
半期+任意の四半期アップデートや標準化KPIの導入で透明性の総量を維持するのが肝です。
そうすれば、“短期より長期”に報いる市場設計へ一歩進めます。
Reuters+2SEC+2 
参考ソース(主要)
- SEC 2018年の意見募集:Earnings Releases and Quarterly Reports(公式)SEC
 - 2018年当時の議論・制度史の整理(ハーバードLaw Forum/IAS Plus)ハーバード法律学校コーポレートガバナンスフォーラム+1
 - 1970年に四半期報告が制度化(SEC年次報告・学術レビュー)SEC+1
 - 2025年の再燃報道・発言(Reuters/IBD/Fox Business)Reuters+2インベスターズ.com+2
 - EU/UKの四半期撤廃(欧州委員会・FCA・CFA Instituteほか)European Commission+2FCA+2
 - 10b5-1改正(2022年・クーリングオフ等、SECリリース)SEC
 - 8-Kの役割(SEC/Investor.gov)SEC+1
 - PDT規制の定義・要件(Investor.gov/FINRA)Investor.gov+1
 
(注)本稿は制度の“最新動向”に沿って要点を整理しています。最終ルールはSECの採決・最終規則文で確定するため、実装段階ではSEC最終文書の再確認を推奨します。Reuters


コメント