9月25日(米国時間)、ドナルド・トランプ大統領が「特許・ブランド医薬品」に対し10月1日から100%の関税を課す方針を表明した。
米国内で新工場の建設を開始している企業は免除対象とするという。
発表はトランプ氏のSNS(Truth Social)で行われ、直後に世界の製薬・市場関係者へ衝撃が走った。
Reuters+1
要点3つ(まず結論)
- 標的は特許・ブランド薬。ジェネリック(後発薬)は対象外と説明されている。
- 「米国内で建設中」(groundbreaking/under construction)なら免除という運用案が示され、実投資の有無が分水嶺になる。
- 短期の実害は限定的だが、範囲が広がる・運用が厳格化するとインド製薬の輸出動線が揺らぐ。
Fierce Pharma
市場の初動:インド製薬は全面安、それでも「短期は限定的」の声📉
発表翌日のインド株式市場では、製薬株がセクターで最も売られ、主要銘柄が一斉安。
Nifty医薬品指数の20構成銘柄がそろって下落した。
一方で、アナリストや業界団体は「今回の関税は特許・ブランド薬が中心で、インドの対米輸出の主力であるジェネリックは直撃を回避」との見方を示す。
Reuters
そもそもインドの対米輸出は何で稼いでいる?🇮🇳→🇺🇸
- インドの対米薬品輸出はFY25で約105億ドル。
しかも大半がジェネリックで占められる。
Reuters - 米国の処方の約90%はジェネリックだが、薬剤費に占める支出は約17.5%に過ぎない。
米医療費抑制の「屋台骨」になっている。
Association for Accessible Medicines - 米国のジェネリック需要の約40%をインドが供給しているとの推計もある。
サプライチェーンの現実は「インド依存」。
Bain
この構図ゆえ、特許・ブランド薬限定の100%関税は、インド製薬に直撃しにくい。
実際、インドの業界団体(IPA)も「ジェネリック中心の輸出構成から影響は限定的」と説明している。
The Economic Times
それでも油断できない3つのリスク⚠️
1|スコープ拡大リスク(複雑ジェネリック・バイオシミラー)
今回の表明は「特許・ブランド薬」が中心だが、関税対象の定義が将来的に拡張される恐れがある。
特に複雑ジェネリック(吸入・注射・経皮)やバイオシミラーは、価格弾力性が低く影響が出やすい。
トランプ氏は150%→250%まで段階的引き上げに言及した経緯もあり、「12〜18カ月の間に大幅引き上げ」という不確実性が残る。
Benzinga
2|運用基準の曖昧さ(「IS BUILDING」の定義)
免除の条件は「米国内で工場建設を開始していること」。
現時点の説明では「起工(breaking ground)」「建設中(under construction)」が該当とされる。
起工式や造成段階で足りるのか、許認可の進捗はどこまで求めるのか。
運用の曖昧さが抜け道にも不意打ちにもなり得る。
Fierce Pharma
3|例外・上限合意の存在(競争条件の歪み)
EUや日本は関税上限の合意(15%上限)を確保したと主張。
もしこれが実装されれば、欧日メーカーとその他地域の企業で競争条件が歪む可能性がある。
政策の整合性と法的根拠は今後の焦点だ。
Reuters
米国ヘルスケアにとっての逆風🌡️
米国はジェネリックが処方の9割を占め、年間数千億ドル規模の医療費節減を生んできた。
2024年だけで約4,670億ドルの節減との推計もある。
関税の適用範囲が広がれば、医療費上昇圧力が高まる可能性は否めない。
Biosimilars Council
企業サイドの初動:免除を取りに行く“米国内投資”🏭
欧州大手の中には、米国内での新工場建設を前倒し・強調する動きが出ている。
免除を確実にするため、「建設中」ステータスの早期確保が鍵。
米国内サプライチェーンの再構築は雇用創出と引き換えに薬価のコストプッシュも招きうる。
Reuters
インド製薬:短期は「耐える」、中期は「作り替える」📦
短期(〜6カ月)
- 既存のジェネリック輸出は継続。
FDA承認済み品の供給網は維持され、数量・価格とも急変は限定的とみられる。
Reuters
中期(6〜24カ月)
- 関税レンジの引き上げ(150〜250%)が視野に入ると、複雑ジェネリックや高付加価値領域の採算が悪化しやすい。
- 米国内充填・梱包(fill-finish)や一部工程のローカル化で免除要件を取りにいく投資判断が増える。
API(原薬)依存の見直しも要請。
Benzinga
長期(24カ月〜)
- 北米に第2サプライ拠点(メキシコ含む)を構える企業が相対優位に。
Gx×バイオシミラーの内製比率と品質・査察対応力が競争力の源泉に。 - 価格交渉力の高い買い手(PBM・大手チェーン)は、関税リスクを価格に転嫁する可能性。
米国内医療コストへの波及は避けにくい。
シナリオ別インパクト(投資家視点)🧭
シナリオA:今回の運用が続く(ブランド薬のみ・免除あり)
- インドのGx輸出は前年比+10%前後の成長路線を維持。
インド製薬の業績インパクトは軽微。 - ただし複雑Gx・バイオシミラーの収益化には米国内工程の組み込みが要件化。
Reuters
シナリオB:対象拡大(複雑Gx・一部カテゴリを巻き込む)
- 承認取得済みでも実質値上げとなり、入札・契約の更改で価格是正圧力。
- 米国内の最終工程投資の有無が銘柄間の明暗を分ける。
シナリオC:上限関税の例外適用が一部ブロックで認められる
- EU/日本系に“事実上の優遇”が出れば、インド勢は価格での劣後。
- 貿易協定の再交渉とWTOリスクが尾を引く。
Reuters
何が「初心者にもわかる注目点」か?🔎
どの薬が対象?
今回は特許・ブランド薬が中心。
ジェネリックは現時点で対象外。
ただし複雑Gxやバイオに波及したら話は別。
The Economic Times
どうすれば免除?
米国内で工場建設を開始していれば免除の可能性。
「建設中」の定義が実務の勝敗を分ける。
Fierce Pharma
なぜ業界は過敏?
トランプ氏は150%→250%の選択肢に言及済み。
先行きの上振れリスクがあるから。
Benzinga
米国の事情は?
処方の9割がジェネリック、支出は2割弱。
コスト抑制に不可欠だから、ジェネリックまで課税が及ぶと医療費が跳ねる。
Association for Accessible Medicines
まとめ:筆者の考察
今回の100%関税は「産業政策×価格統制」のミックスであり、サプライチェーンの地政学リスクを露出させる出来事だ。
“免除”というニンジンで米国内投資を促す設計は巧妙だが、短期的な供給制約と価格上昇を招く副作用を無視できない。
インド勢にとっては「守り」より「攻め」が合理的だ。
最終工程の北米内製化・共同製造(CDMO活用)・品質査察の透明化で免除を確保しながら、高難度Gx・バイオシミラーでポートフォリオを底上げする。
米国の医療費抑制という政治経済の“重力”がある限り、ジェネリックの構造優位は揺らぎにくい。
一方、EU・日本の“上限合意”が本当に機能するなら、貿易協定の差が企業競争力に転写される。
インド企業は「どの市場向けに、どの工程を、どこで行うか」という地理的最適化を、税関・査察・価格交渉まで含めて再設計する局面に入った。
参考情報(主要エビデンス)
- 政策発表の骨子(100%+免除):Truth Social経由の表明。Reuters
- インド市場の初動と輸出規模:製薬株の下落、対米輸出約105億ドル。Reuters
- ジェネリックの米国での役割:処方の約90%・支出17.5%。Association for Accessible Medicines
- 免除条件の定義(建設中):breaking ground/under construction。Fierce Pharma
- 将来の関税引き上げ言及(150〜250%):発言報道。Benzinga
- EU・日本の上限主張(15%):通商上の例外・上限。Reuters
この件は通商×産業政策×医療費が複雑に絡む。
「いまの文言通りなら影響限定、でも一段上げの余地は大きい」。
インド製薬にとっては“コストで勝つ”から“設計で勝つ”へのシフトが試されている。