8月29日から施行される米国の新たな大統領令による通関規制強化が、国際物流に大きな波紋を広げている。
特に、ドイツからアメリカへ郵便ネットワークを通じて商品を発送するルートが一時的に停止される可能性が高まり、越境ECや個人輸出入に直撃する事態となっている。
本記事では、その背景と影響、そして事業者・個人が取るべき対応策を詳細に整理する。
新規制の概要:突然の「データ強化義務」
米国政府は今回の大統領令によって、郵便で米国に入る全ての貨物に対して、より詳細な事前データ送信を義務付けた。
これは麻薬や偽造品の流入防止、安全保障上の懸念解消を目的とした規制であるが、実際には輸出国の郵便事業者に大きなシステム対応を強いるものだ。
最大の問題は、施行日までの猶予が極端に短いことだ。
8月29日から即適用されるにもかかわらず、各国郵便事業者にはテスト・導入・運用の時間がほとんど与えられていない。
このため、ドイツ郵便(Deutsche Post)はもちろん、世界各国の郵便事業者が
「安全かつ合法的な輸送を保証できない」と判断し、発送停止の判断を迫られている。
ドイツ郵便の声明:一時停止と代替手段
ドイツ郵便は今回の規制に対し、以下のような対応を発表している。
- 個人利用者(プライベート顧客)
米国宛の郵便小包であっても、100ドル(約85ユーロ)以下かつ「ギフト」扱いであれば発送可能。
友人や家族へのプレゼント、小額の個人発送は継続できる。 - 法人利用者(ビジネス顧客)
従来の郵便ネットワークでの出荷は不可能。
代替手段として、DHL Expressなどのクーリエ便を利用するよう案内している。
クーリエ便は既に通関データ送信の仕組みを備えており、規制に適合している。 - 一時的な措置であることを強調
ドイツ郵便は「完全な停止ではなく、一時的な中断」と説明。
新規制に対応できるシステムを開発・導入次第、段階的に再開する意向を示している。
世界的な広がり:20か国以上が停止表明
今回の問題はドイツに限らない。
国際郵便連合(UPU)の加盟各国のうち、すでに20を超える郵便事業者が米国宛の発送停止を発表している。
今後さらに増える見通しであり、世界規模で国際郵便の混乱が広がる可能性が高い。
各社の共通認識は「一時的停止」だが、新規則に準拠したデータシステムの開発には数か月単位の時間が必要と見られており、短期的には混乱が避けられない。
越境ECへの影響:中小セラーに直撃
この規制が最も深刻な影響を与えるのは、小口の越境ECセラーや中小企業だ。
eBay、Etsy、Shopifyといったプラットフォームで活動する事業者は、低価格の商品を郵便経由で米国顧客に届けることでビジネスを成立させていた。
しかし、郵便停止によって以下の問題が発生する。
- 送料の高騰
DHL ExpressやFedExなどクーリエ便は、郵便よりも大幅に高額。低価格商品の採算性が崩れる。 - 配送リードタイムの変化
クーリエ便はスピード面で有利だが、料金とのバランスが難しい。特に「安さで勝負する商品」は市場競争力を失う。 - 市場からの撤退リスク
規模の小さい事業者ほどコスト吸収が困難で、米国市場から一時的に撤退する動きが出る可能性がある。
個人利用者にとっての現実
一方で、個人間の発送については多少の余地が残されている。
85ユーロ以下かつギフト扱いであれば発送可能であるため、友人や家族にプレゼントを送る分には問題ない。
しかし、例えば高額なカメラやPCパーツなどを個人的に送る場合は、郵便が使えずクーリエ便に頼らざるを得なくなる。
政治的背景:トランプ政権の「強硬路線」
この突然の規制強化は、単なる物流システムの問題ではない。
背景には、トランプ政権の治安強化・通商強硬路線がある。
同政権は国内産業保護と安全保障を理由に、過去数か月で関税強化、暗号資産規制、外国企業の監視強化といった政策を相次いで打ち出している。
今回の郵便規制もその流れの一環と考えられる。
つまり、単なる通関データの技術的問題ではなく、米国が世界との物流・貿易を自国の安全保障ルールに従わせようとしている動きだと言える。
今後の展望:新常態への適応
郵便ネットワークでの対米貨物輸送は、一時的に停止しても再開は確実と見られる。
だが、それは「以前と同じ形」ではない。
新しいシステムが導入され、通関データの事前送信が義務化されることで、国際郵便のコスト構造と業務プロセスは根本的に変わる。
- 郵便=低コストの大量出荷手段という従来のモデルは揺らぐ
- 国際物流の主役はクーリエ便にシフト
- 小規模事業者は淘汰され、大手ECセラーや物流企業が優位性を高める
まとめ:一時停止は「通過点」、だが影響は長期化
今回のドイツ郵便による対米発送停止は、表面的には「一時的」だ。
しかし、越境EC市場にとっては、コスト増や競争環境の変化といった長期的な構造転換をもたらす可能性が高い。
個人は「ギフト扱い85ユーロ以下」での発送をうまく活用し、事業者はDHL Expressなどクーリエ便への移行戦略を検討せざるを得ない。
この出来事は単なる一時的な混乱ではなく、米国と欧州の物流の新常態への入り口なのだ。