いま米国で最も注目される金融ニュースの一つが、連邦準備制度理事会(FRB)の人事刷新だ。
パウエル議長の後任をめぐる思惑だけでなく、理事ポストに次々と空席が生まれ、そこにトランプ政権が自らの人脈を送り込もうとしている。
表向きは「利下げ圧力」だが、その裏にはもっと大きな狙いが潜んでいる。
それがFRBに眠る3.3兆ドルの銀行準備金である。
なぜパウエル交代にこだわるのか
トランプ氏は再就任以来、パウエル議長の解任をちらつかせ続けている。
過去にはFRBの建物改修費を口実に解任を正当化しようとしたが、法的根拠に乏しく断念せざるを得なかった。
とはいえ、2026年に任期満了を迎える前に新たな後任を据えたいのが本音だ。
さらに、8月にFRB理事のアドリアナ・クーグラーが突然辞任し、続いてクック理事に対しても「住宅ローン申請に虚偽記載があった」として解任を宣言。
これによりトランプ大統領は理事7人のうち4人を自ら任命できる可能性を手にした。
FRB理事会は定数7人で過半数は4。つまりトランプ色の強い理事会が誕生する構図が現実味を帯びている。
FOMCの仕組みと人事戦略の真意
ただし、利下げを決定するFOMC(連邦公開市場委員会)は理事7人に加え、ニューヨーク連銀総裁と地区連銀総裁4人の合計12人で構成される。
そのため、理事会をトランプ色に染めても、必ずしも政策金利を自在に操れるわけではない。
ここで注目すべきは「準備預金への付利(IORB)」という仕組みだ。
現在、銀行はFRBに3.3兆ドルもの準備金を預け入れており、FRBはこれに利息を支払っている。
これが実質的に短期金利の下限(フロア)を形成している。
しかし、この利息水準を決めるのはFOMC全体ではなく理事会のみ。
つまり、4対3の多数派を握れば、理事会の裁量で付利を引き下げたり、ゼロにすることすら可能なのだ。
3.3兆ドルの資金シフトがもたらす衝撃
もしFRBが準備預金への利払いを停止すれば、銀行は資金をFRBに預ける動機を失う。
その結果、3.3兆ドルが米国債市場に流れ込むことになる。こ
れは需給を大きく変え、長期金利を押し下げる効果を持つ。
政府にとっては年10兆ドル規模で更新が必要な国債の借換えコストを抑える強力な手段となる。
さらにFRB自身も利払い負担から解放され、赤字を解消、再び財務省に利益を送金できる。
財政・金融双方にとって魅力的なシナリオだ。
法的リスクと裁判の行方
もちろん、クック理事の解任は裁判で争われる見通しであり、「解任の理由(cause)」の定義をめぐる憲法論争に発展する可能性がある。
もし大統領の裁量が広く認められれば、FRB理事の独立性は大きく揺らぎ、中央銀行の政治的中立性が失われる。
逆に裁判所が大統領権限を制限すれば、トランプ氏の戦略は頓挫する。
FRBにとっても難しい立場だ。仮に裁判で大統領側が勝った場合、解任中もクック理事に投票権を与えていたことが「違法行為」とみなされかねない。
そのためFRB内部が自主的に政権の意向に従わざるを得ない可能性すらある。
投資家が注視すべきポイント
この動きは単なる人事劇にとどまらない。
市場にとっては以下のシナリオが考えられる。
- 付利ゼロ政策の実行
3.3兆ドルが国債市場に流入し、金利低下・債券価格上昇の追い風。特に10年債以上の長期ゾーンで需給改善が顕著になる可能性。 - 金融政策の政治化リスク
FRBの独立性低下はドルの信認に打撃を与え、中長期的にはインフレ期待やリスクプレミアムを高める要因。 - 財政赤字ファイナンスの新モデル
準備金への利払い廃止は「隠れQE」に近い効果を持ち、米財政の持続可能性に新たな注目を集める。
まとめ:本当の狙いは「FRBの金庫を開ける」こと
トランプ政権がFRB理事人事にこれほど執着するのは、単なる利下げ圧力ではない。
真の目的は3.3兆ドルの銀行準備金を国債市場に解き放つことだ。
これが実現すれば短期的には米財政に大きな恩恵をもたらすが、同時にFRBの独立性が損なわれ、ドル基軸体制の長期的安定性に影を落としかねない。
投資家にとっては、債券市場の需給構造が一変するかどうかが最大の注目点であり、同時に「中央銀行の政治化リスク」をどう織り込むかが新たな課題となる。