インドとモーリシャスの関係は、単なる二国間貿易を超えて「経済モデルの実験場」として注目を集めつつある。
モーリシャスのジョティ・ジェトゥン経済計画・金融サービス大臣が示したのは
ドル依存からの脱却(デ・ダラライゼーション)、そして地域経済の再編という大きなテーマだ。
モーリシャスは小国ながら、アフリカとアジアを結ぶ戦略的拠点であり、金融・投資のハブとして機能してきた。
その歴史的背景には、インドからの移民が7割を占める文化的基盤、そしてインドとの長年にわたる経済・金融の結びつきがある。
ドル依存のリスクと「ルピー建て決済」の衝撃
大臣が繰り返し強調したのは「ドル決済に依存するリスク」だ。
モーリシャスは燃料をはじめ多くの輸入品をドル建てで支払っているが、そのたびに為替リスクやインフレ圧力に直面する。
仮にインドからの輸入をインドルピー建てで決済できれば、「ゲームチェンジャー」になるという。
これは単なる為替の話に留まらない。
- ドル不足による金融危機リスクを低減
- インドとの観光・貿易を拡大するインセンティブ
- BRICS諸国やアフリカとの地域連携モデルの試金石
すでに中国やロシアはドル以外での決済を進めており、モーリシャスとインドがその流れに加われば
「インド洋経済圏」の構想も現実味を帯びる。
FATF基準と透明性の確保
金融サービスの拠点としてのモーリシャスは、一時期EUの「グレーリスト」に入った過去がある。
しかし2021年以降はFATF(金融活動作業部会)の40項目にほぼ準拠し
AML(マネーロンダリング対策)やCFT(テロ資金供与防止)の基準を整備した。
この背景には「インドからの直接投資のゲートウェイ」という役割がある。
かつてモーリシャスはインドへの最大FDI供給国だったが、2016年の租税条約改定でシンガポールや米国にその座を奪われた。
今回の再編は、再びモーリシャスを信頼できる投資拠点に戻す狙いだ。
アメリカと中国の狭間で
興味深いのは、モーリシャスが米・中・印の三角地政学の中で「舵取り」を迫られていることだ。
- アメリカとはディエゴガルシア島の軍事拠点をめぐる交渉
- 中国とは「一帯一路」を通じたインフラ支援
- インドとは文化的・経済的絆に基づくパートナーシップ
大臣は「どの国とも良好な関係を維持する」と述べたが
実際には米国の関税政策やドル依存構造が、モーリシャスの選択肢を狭めている。
逆に言えば、インドとの協力強化は「アメリカ依存からの安全弁」としての意味合いも強い。
インフラと新産業での協力
両国の協力は金融にとどまらない。
- 電動バス100台をインドが寄贈 → 脱炭素と公共交通インフラの刷新
- 病院建設や医療分野 → インドの医療ツーリズムと連携可能
- フィンテック・ブルーエコノミー(海洋資源)・再生可能エネルギー → モーリシャスの新産業基盤づくり
モーリシャスにとって
「インドは単なる貿易相手でなく、未来を共に設計するパートナー」であることが浮き彫りになる。
テクトニックシフト:西から東へ
大臣の発言で印象的だったのは
「世界の tectonic shift(地殻変動)が西から東へ、北から南へ進んでいる」という認識だ。
これは単なるレトリックではなく、実際に数字が裏付けている。
- インドは数年以内に世界第3位の経済大国へ
- BRICS拡大と脱ドルの流れ
- 中東・アフリカ諸国の「地域内決済」志向
モーリシャスは地理的に「インド洋の十字路」に位置するため、この動きの最前線に立つことになる。
結論:モーリシャスは「小さな国、大きな海」で勝負する
モーリシャスは人口わずか120万人の小国だが、インド洋の要衝として「金融×地政学×新産業」の交差点にいる。
その未来戦略は、次の二つに集約できる。
- ドル依存からの段階的脱却
- インドルピー決済の拡大
- 地域通貨圏へのシフト
- 多国間のバランス外交
- 米国・欧州との信頼維持
- インド・中国・アフリカとの成長連携
インドの成長物語と歩調を合わせることが、モーリシャスの生存戦略である。
そしてその象徴が「燃料輸入をドルでなくルピーで決済する」というシンプルかつ革命的な発想だ。
これは単なる二国間協力ではない。
グローバル金融秩序の転換点を、モーリシャスという小国がインドと共に演出する可能性を示している。
もし、世界の多くの国々が「輸入をドル以外の通貨」で始めたら、米国一極の金融システムはどうなるのか。
インド洋の小国が示す動きは、その未来を映す小さな鏡なのかもしれない。