暗号資産市場は常に予測不能な動きを見せるが、今回の急落の引き金は価格変動そのものではなく、株式市場の“門番”であるNASDAQの動きだった。
NASDAQは、ビットコインやトークンを保有して株価を吊り上げようとする企業に対し、規制強化を打ち出し始めた。
その背景には、トランプ家が関与する疑惑の企業「Alt 5(ティッカー:ALTS)」の急落劇がある。
崩れ落ちた「Alt 5」の幻想
「Alt 5」は表向きには「金融サービスとフィンテックの持株会社」と自称しているが、その事業の実態は迷走続きだ。
カナダでの暗号資産マイニング事業からスタートし、突如として家電リサイクルに参入し、次はバイオテックで鎮痛剤開発を目指すなど、まるで「事業の墓場」と化してきた。
そして現在は、暗号資産の購入を目的に新株を発行し、調達した資金で「World Liberty Financial Token(WLFI)」を買うと表明している。
このWLFIはトランプ前大統領の息子が関わるトークンとして注目を集めているが
批判的な見方では「個人投資家の資金を利用してインサイダーが保有分を売り抜ける仕組み」と指摘されている。
実際に株価は暴落の一途をたどっている。
ある金融アナリストが「危険信号」を発した直後から
3日間で−27%、−19%、さらに−18%と連続的に下落。
これは単なる調整ではなく、企業そのものが投資家を利用する“出口流動性”となっている可能性を示している。
NASDAQの危機感
NASDAQに上場する暗号資産関連株は124銘柄あるが、そのうち約半数がビットコインではなく、よりマイナーなトークンに投資している。
その中にはトランプ家の関わるWLFIも含まれており
批判者は「未熟な個人投資家にコインを高値で押し付ける仕組み」と断じている。
この状況に対し、NASDAQは「上場企業が暗号資産購入のために新株を発行する場合、株主の承認を必要とする」という新たな規制を検討している。
これは、企業が事業内容を勝手に“暗号資産企業”にすり替え、株主を置き去りにして資金調達する事態を防ぐ狙いがある。
問題の本質は「投資家保護」にある。
暗号資産に投資するかどうかは投資家自身の判断だが、株式市場を通じて間接的にトークンを買わされる構造は明らかに不透明だ。
NASDAQは、自らの市場ブランドを守るためにも「スキャムまがいの上場企業」を取り締まらざるを得ない。
トランプ家との関係性
今回の件を複雑にしているのは、トランプ家の影響力だ。
特にエリック・トランプが関与する企業がFoxニュースで宣伝されると
投資初心者は「大統領の息子が言うなら安心だ」と考え、ワンクリックで株を購入してしまう。
この構図は、まさに政治的ブランドを利用した“投資のトラップ”と言える。
結果として、Alt 5のような企業は「個人投資家の資金を集め、内部関係者の利益確定に使う」仕組みを構築してしまう。
これは単なる金融商品のリスクを超えた、モラルハザードである。
波及する影響:マイクロストラテジーも直撃?
NASDAQの規制強化は「怪しい企業」だけでなく、ビットコイン保有戦略を掲げる正規の企業にも影響を及ぼす。
代表例がマイケル・セイラー率いる「MicroStrategy」だ。
同社は数十億ドル規模でビットコインを買い集め、株価をその連動資産のように変動させてきた。
しかし、資金調達のための新株発行が規制されれば、同社の「循環型戦略(資金調達→ビットコイン購入→株価上昇→再調達)」は停滞しかねない。
すでに直近の資金調達は不調に終わっており、今後の成長戦略にブレーキがかかる可能性が高い。
「暗号資産株ブーム」の終焉か
近年は、クラフトウイスキーを製造する蒸留所までもが「暗号資産保有企業」として株価を吊り上げる例が出てきた。
これは投資家にとって魅力的な成長物語に見える一方で、本来の事業内容と乖離するリスクを孕む。
NASDAQの規制は、この“なんでも暗号資産化”の動きを抑制する可能性がある。
筆者の視点:これからどうなるのか
「トレジャリー企業」という仕組みは、基本的に株価を利用した資金調達の循環モデルに依存している。
新株発行→暗号資産購入→株価上昇→さらに新株発行、というループは、外部資金が流入し続ける限りは機能する。
しかし、その前提が崩れた途端に、一気に資金繰りが悪化し、株価も急落するリスクを抱えている。
実際、Alt 5のような事例はその脆弱性を露呈した形だ。
投資家から見れば「暗号資産を保有しているから成長企業」という単純な物語に映るかもしれないが
本業で利益を出せない会社が暗号資産頼みになる構図は危うい。
NASDAQが規制に動いたのは、市場ブランドを守るためでもあり、同時に投資家保護の意味合いも強い。
今後、株主承認が義務化されれば、こうした循環モデルは資金調達スピードが落ち、株価を支える仕組みそのものが揺らぎかねない。
つまり、今後は「淘汰」というよりも、過度な暗号資産依存の企業は市場から厳しい視線を浴び続けることになるだろう。
投資家としては「暗号資産保有=将来性」ではなく、本業の収益力と経営の透明性を冷静に見極める必要がある。