エリック・トランプとAlt 5の迷走劇――仮想通貨トレジャリーと“出口流動性”の影

アメリカ政財界を揺るがす一連の騒動が、暗号資産と株式市場を舞台に展開されている。
注目の中心に立たされたのは、トランプ前大統領の息子であるエリック・トランプと、その名を急速に広めた企業Alt 5 Sigma(現在はAlt 5 Global)だ。

本稿では、この会社の異様な変遷と、エリック・トランプの取締役就任騒動、さらにその裏で起きていた法務リスクを整理する。


目次

Alt 5とは何者か?変転を繰り返す企業の素性

Alt 5はもともとJanOneという上場企業が母体だ。
・かつては家電リサイクル事業(ARCA)を展開。
・その後は非オピオイド系鎮痛薬「JAN101」を抱えるバイオ企業へと転身。
・2024年にカナダ拠点のフィンテック企業「Alt 5 Sigma」を買収し、社名も変更。

わずか数年で「リサイクル → バイオ → フィンテック → 暗号資産」と、まるで看板を付け替えるように事業領域を変えてきた企業だ。
投資家の間では、こうした“ピボット”の連続が常に疑念を呼んできた。


WLFIと“トレジャリー戦略”

2025年夏、Alt 5は突然「World Liberty Financial(WLFI)」という新興暗号資産の保有戦略を発表した。
15億ドル規模の資金調達を公表し、その資金でWLFIトークンを取得。
・結果として、株式市場を通じてWLFIに投資できる“プロキシ株”のような構図を作り出した。

この戦略は、WLFI保有者にとっては株式市場を通じた出口流動性(エグジット)を提供する仕組みにも見える。
投資家からは「Alt 5株を買う=WLFIに間接投資する」というモデルに対して、希薄化リスクと利益相反が指摘されている。


エリック・トランプ登場――そして撤退

この仕掛けを正当化するかのように、エリック・トランプの取締役就任が大きく打ち出された。
彼はFOXビジネスに出演し、こう語っている。

「銀行に口座を閉じられ、家族全体が金融システムから締め出された。だからこそ暗号資産に向かわざるを得なかった。Alt 5は、爆発的な成長産業であるクリプトを株式市場へ持ち込む強力な試みだ」

テレビでの発言を伴い、株式市場では出来高が急増。まさに“宣伝効果”を狙った人事のように見えた。

しかしその直後、事態は急展開する。8月末のSEC提出書類(8-K)によれば、ナスダックとの協議の結果、エリックは取締役就任を見送り、「ボードオブザーバー」へと格下げされた。
実質的に取締役就任は取り消しとなり、「ブランド毀損を恐れて撤退したのでは」との見方が強まった。


暴露された法務リスク――ルワンダ判決と内部問題

同じ8-Kには衝撃的な記述が並ぶ。
・ルワンダの地裁が、Alt 5のカナダ子会社と元幹部を不正蓄財・マネーロンダリングで有罪認定(控訴中)。
・元CFOを巡る破産関連訴訟や、株式報酬の未開示問題も浮上。

つまり、表向きは「暗号資産トレジャリー戦略」で脚光を浴びながら、裏側ではコンプライアンスと法務リスクの火種がいくつも燻っていたのである。


市場の反応――乱高下する株価

資金調達とWLFI発表の直後、株価は急騰。だが、8-Kの開示とエリック撤退の報道を境に、株価は半月で40〜50%下落する場面もあった。
・出来高は急増し、一時はミーム株化。
・「短期のポンプ・デンプ」的値動きが繰り返され、長期保有のリスクは極めて高い。


WLFIトークンを巡る不安材料

さらに追い打ちをかけたのが、WLFIトークン自身の騒動だ。
・大口投資家のトークンが凍結されたと報じられ、透明性への懸念が広がった。
・Alt 5株とWLFIトークンが一体化した構図のため、片方の信用不安がもう片方に波及する危うい構造となっている。


ブランドと流動性のジレンマ

今回の件は、単なる一企業の不祥事ではなく、「ブランド」と「出口流動性」をめぐる現代資本市場の縮図だ。

・エリック・トランプという政治ブランドは、株式市場での注目を集めるために利用された。
・WLFIは、暗号資産という未成熟な市場から流動性を確保するために、上場株式という仕組みを利用した。

だが、両者が結びついた瞬間に、ガバナンスや透明性への疑念が一気に噴出した。
結局、ブランドのリスクが流動性のリスクを上回り、撤退に追い込まれたというのが今回の実相ではないだろうか。


まとめ

・Alt 5は過去に何度も事業転換を繰り返してきた企業。
・2025年夏、WLFIトークンを抱えるトレジャリー戦略を発表し、株式市場を利用した“出口流動性”を構築。
・エリック・トランプの取締役就任が発表され、宣伝効果を狙ったが、わずか数週間で撤回。
・同時にルワンダ判決や訴訟リスクも露見し、株価は乱高下。
・WLFI自体の不透明さも相まって、投資家心理は急速に冷え込んだ。

結論

Alt 5とWLFIは「暗号資産 × 上場株式」という革新的モデルを掲げつつも、ガバナンスと透明性の欠如が最大のリスクとなった。
短期的には再び投機的な上昇局面を見せる可能性もあるが、長期的には“危険な銘柄”として警戒すべき存在である。


この事件は、「仮想通貨を上場株式で包む」という仕組みが投資家に何をもたらすのか、そのリスクをまざまざと示した。
今後も同様のモデルが登場する可能性は高い。
だが、市場が求めているのは単なる“出口”ではなく、実体あるビジネスと透明性の担保だ。
その原則が守られない限り、どれだけ派手なブランドを伴っても、同じ結末を辿るだろう。

よかったらシェアしてね!
目次