米国経済の足元において、最も注目されているのが労働市場の変化です。
これまで「底堅さ」が米景気の支えとされてきましたが、いまやその地盤にひびが入り始めています。
雇用の冷え込みは市場にとってリスクシグナルなのか、それとも待望の利下げを呼び込む好機なのか。
本記事では、最新データ・過去の歴史・グローバルの比較を踏まえ、投資家に必要な視座を整理します。
最新データが突きつける現実
2025年8月の米雇用統計では、失業率が4.3%に上昇し、2021年以来の高水準となりました。
非農業部門雇用者数はわずか2.2万人の増加にとどまり、6月分はマイナス3,000人へと下方修正。
これは2020年以来初の雇用減少です。
さらに深刻なのが求人件数と失業者数の逆転です。
7月の求人件数は718万件に落ち込み、失業者数723万人を下回りました。
これは2021年以来初めての「失業者>求人」という構図であり、企業が採用を絞り始めた兆しです。
週次の失業保険申請件数も緩やかに増加傾向。
直近は特殊要因(テキサス州での不正申請)で急増したものの、全体として「悪化の芽」が広がりつつあります。
市場がどう読むか:利下げ織り込みの加速
この弱い雇用指標を市場は「景気悪化」よりも「利下げ前倒し」として解釈しました。
- 9月FOMCでは0.25%利下げが既定路線
- 一部には0.50%利下げの可能性(約1割)も織り込まれる
つまり「弱い雇用=悪いニュース」が、「金融緩和期待=良いニュース」に変換されている状況です。
株式市場や暗号資産が史上最高値圏で推移している背景には、この期待が大きく作用しています。
グローバルに広がる雇用の鈍化
米国だけでなく、主要国の労働市場も同様に減速傾向を見せています。
- 中国:都市部失業率は5.2%。若年失業率は17.8%と急上昇。
- ドイツ:失業者数が300万人超と10年ぶりの節目。
- 英国:失業率は4.7%前後でじわり上昇。
- カナダ:7.1%とパンデミック後を除けば約8年ぶりの高水準。
- EU全体:失業率6.2%と過去最低圏に近いが、成長減速懸念は残る。
- 日本:完全失業率は2.3%と世界的に見ても低位安定。
世界的に「求人の減少」と「失業率の上昇」が同時進行しており、労働市場エンジンの回転数が落ち始めたことが分かります。
歴史に学ぶ:雇用は遅行指標
投資家が忘れてはならないのは、失業率はラギング(遅行)指標だという点です。
- 2008年金融危機
株価は2009年3月に底入れしたが、失業率のピークは同年10月。 - 2001年ドットコム崩壊
株価が安定した後も、失業率は2003年まで上昇。 - 1990年代初頭の湾岸戦争ショック
株価は3カ月で底打ちしたが、失業率はその後1年以上悪化。
つまり、株式市場は雇用統計に先行して動くのが歴史的パターンです。
今回も株価が高値圏にあるからといって「雇用が健全」とは限らないのです。
データを歪める要因:移民・ギグワーク・定義変更
労働市場を評価する上で、統計の「見え方」を歪める要因も考慮する必要があります。
- 移民フロー
人口増加が止まれば、雇用増加の「必要最低ライン」は月6万人程度まで低下するという試算もある。 - ギグワーク
失業保険の対象外の働き方が増えており、公式データには反映されにくい。 - 労働者定義の変更
2024年の労働省規制で、従業員か請負かの判断基準が変わり、統計に歪みを生んでいる。
表面的な失業率や求人件数だけでは全体像をつかめないのはこのためです。
今後のシナリオと投資戦略
シナリオ①:ソフトランディング(基準)
- 雇用は軟化するが崩壊せず、利下げが需要を下支え。
- 投資戦略:グロース+ディフェンシブのバランス、金やビットコインの分散保有。
シナリオ②:横ばい減速
- 雇用は弱含み、インフレは粘る。小出し利下げ。
- 投資戦略:高収益・高フリーCFの大型株を中心に。債券は短中期をバランス。
シナリオ③:ハードランディング
- 失業率急上昇、信用収縮が発生。
- 投資戦略:株式比率を削減、長期国債・金・ドルにシフト。
筆者の見立て:AI時代の雇用と投資の“ねじれ”
AIの浸透は、雇用統計と企業収益の間に“ねじれ”を生んでいます。
企業は採用を減らしてもAIによる生産性向上で利益を維持できる可能性があります。
そのため、雇用データが悪化しても株式市場が耐える局面が続くかもしれません。
しかし、最終需要(消費)が失速すれば、利益の土台そのものが揺らぎます。
利益率か需要、どちらが先に崩れるか。
この順序を見極めることが投資家にとっての最大の課題となります。
まとめ
- 米労働市場は「悪化の芽」が明確に出ているが、まだ壊れてはいない。
- 株式市場は雇用より先行するため、データを鵜呑みにせず価格動向も重視。
- 移民・ギグ・定義変更などの歪みを考慮し、複数の指標で確認することが必須。
- シナリオ別に資産配分と撤退ラインを事前に設定し、機械的に実行することが勝ち筋。
いまは「景気後退」か「ソフトランディング」かの分岐点。
市場が過度に楽観に傾いているときこそ、投資家は冷静にシナリオを想定し、守りと攻めを両立させる準備をしておくべきです。