人工知能(AI)ブームは半導体市場の中心にあるNVIDIAを一気に時価総額世界トップクラスへ押し上げた。
クラウド事業者や大企業はこぞってNVIDIAのGPUを買い占め、サプライチェーン全体がフル回転する「チップ狂騒曲」が続いている。
Oracleは数兆円規模の設備投資を掲げ、その大半をNVIDIA製チップに充てると報じられ、Goldman Sachsも「AI投資がGDP統計に反映されにくい盲点になっている」と強調している。
短期的にはすべてが強気材料に見える。
しかし、ここに来て投資家を不安にさせる材料が現れた。
それがCoreWeaveとNVIDIAの「余剰キャパシティ買取契約(MSA)」である。
表向きは長期安定契約に見えるが、その裏側にはAIインフラ投資の「逆回転」が始まる可能性を示すシグナルが潜む。
本稿ではこの契約の意味、AI設備投資のサイクル、そして11月に訪れる重要イベントについて整理し、NVIDIA株に潜む中期的リスクを考察する。
CoreWeave契約が示す「余剰」の存在
2023年4月、CoreWeaveはNVIDIAとの契約を発表した。
その内容は単なるGPU供給ではない。
NVIDIAがCoreWeaveの未利用クラウド容量を買い取る義務を負うというものだ。
契約価値は初期段階で63億ドル、期間は2032年まで。
つまり、もしCoreWeaveが顧客に提供できなかった計算リソースがあれば、その分をNVIDIAが引き取る構造になっている。
通常、需給が逼迫しているなら余剰は出ないはずだ。
にもかかわらず、「未利用キャパシティ」の存在を前提とした契約が必要になっていること自体が、市場の行き過ぎを示唆する。
AIブームの渦中にある今、この契約は「氷山の一角」かもしれない。
AI投資と不動産サイクルの類似性
不動産市場にはよく知られたサイクルがある。
需給逼迫で価格が急騰すると建設ラッシュが起き、やがて供給過剰に転じ、空室率上昇と価格下落を招く。
最終的には投資縮小、雇用調整にまで波及する。
AIインフラ市場もこの構造と極めて似通っている。
- GPTの登場でGPU不足 → 価格と利益率が急上昇
- 大規模設備投資(Oracleなどが数十兆円規模を発表)
- データセンター新設ラッシュ
- 利用率の低下 → 「余剰キャパ」発生
- 価格下落、投資回収難
- Capex縮小 → 上流サプライヤー(NVIDIA、Super Micro、TSMC)の売上減
CoreWeaveの契約は、すでに③から④への移行が始まった可能性を示している。
NVIDIAの立場変化:「売って終わり」から「リスク共有」へ
これまでNVIDIAは「チップを売れば利益確定」という最も安全なポジションにいた。
しかしMSAによって、売った後の稼働リスクまで背負う構造に変わる。
もし利用率が低下し続ければ、未使用リソースの買取がNVIDIAの負担になり、利益率の低下やキャッシュフロー圧迫につながる。
短期的には売上加速をもたらすが、長期的には収益の質が落ちる。
つまり「量の成長」の裏で「質の悪化」が進む構図だ。
株式市場の誤解:まだ「逼迫物語」に酔う投資家たち
現在の市場は「まだチップ不足」という物語に支配されている。
実際、現場レベルでは納期遅延や供給制約が残っており、需給が緩んでいる兆しは見えにくい。
しかし、契約内容や内部資料を読み解けば、逼迫と余剰が同時に存在する矛盾が明らかになる。
投資家がこの矛盾に気づくのは、次の決算シーズンになるだろう。
そこで初めて「売上の裏でNVIDIA自身が余剰リスクを抱え込んでいる」ことが定量的に示される。
11月のカタリスト:契約内容が明らかになる日
次に注目すべきは11月の決算だ。
CoreWeaveは11月12日、NVIDIAは11月19日に四半期決算を発表予定で、この際にMSAの詳細条項が明らかになる可能性が高い。
焦点は以下の通りだ。
- 買取価格
2023年時点の固定か、市況連動か - 買取量の下限・上限
どの程度の余剰を肩代わりするのか - 契約期間
本当に2032年まで続くのか - 相殺条項
新規販売と相殺できるか、それとも純粋なキャッシュアウトになるのか
これらがNVIDIAの将来キャッシュフローと利益率を大きく左右する。
経営陣の株式売却が映すシグナル
CEOのジェンスン・フアンは2025年に入ってから数十万株単位の売却を行い、累計で1,000万ドル超を手にしている。
報道の一部では「数千万株規模」と誇張されているが、実際にはSEC提出資料ベースで確認されるのは数十万株程度。
それでも、経営トップが強気相場の中で利益確定に動いている事実は投資家心理に影を落とす。
一方、Elon Muskは2025年9月にTesla株を10億ドル規模で購入した。
「経営者が買うか売るか」は投資家にとって重要な対比材料になる。
投資家が見るべき指標
今後、投資家が注目すべきは以下の6つのKPIだ。
- GPUレンタル単価の推移(下落が始まれば過剰の証拠)
- データセンターの利用率
- 受注残と解消スピード
- 大手クラウドのCapexガイダンス
- NVIDIAの粗利率とユニットエコノミクス
- MSA関連の注記(買取義務の会計処理)
筆者の見解:ナラティブからキャッシュフローの時代へ
AIブーム前半は「物語」がすべてを動かした。
だがMSAの存在が示すのは、これからはキャッシュフローの質が物語に勝つということだ。
過剰供給が進めば、クラウド事業者が“使い切れないコンピュート”を抱え、NVIDIAがそれを肩代わりする形になる。
これは短期的な数字の上積みにはなるが、長期的には「利益率の低下」「投資回収難」「株価調整」へと連鎖する。
AIの成長ストーリーは終わらない。
しかし投資家が問われるのは「どこでピークアウトするのか」という時間軸の見極めだ。
11月の決算は、その答えを示す最初の分岐点になるだろう。
まとめ
- CoreWeaveとの契約でNVIDIAは未利用クラウド容量を買い取る義務を負っている
- これは需給逼迫の裏で過剰供給が始まっている可能性を示す
- AIインフラ投資は不動産サイクルと同じく「過剰→利用率低下→価格下落」の道を辿る
- 11月の決算で契約条件が明らかになれば、市場は“逼迫物語”を修正せざるを得ない
- 投資家は「売上の量」ではなく「収益の質」に目を向けるべき時期に入った
AI相場の次のフェーズは、楽観の質を問う段階だ。
投資家にとって最大の武器は、ナラティブではなく注記を読む眼である。