半導体業界の王者NVIDIAをめぐり、いま投資家やアナリストの間で「レンタルバック」や「供給過剰」などの言葉が飛び交っています。
SNSやYouTube上でも「チップを買い戻しているのか?」「DGX Cloudは失敗したのか?」といった混乱が見られます。
しかし、実際にはそれぞれ異なる事象が複雑に絡み合っており、誤解も多いのが現状です。
本記事では、NVIDIAを取り巻く3つの重要な動きを整理し、今後の投資判断に役立つ視点を提示します。
NVIDIAのDGX Cloud――「巨大な成功」からの方向転換
2023年に華々しく発表されたDGX Cloudは、「AI時代のAWSになる」とまで期待されたNVIDIA自社のクラウド基盤でした。
ジェンスン・フアン CEOは「enormous success(「大成功」「圧倒的な成功」)」と自ら強調し、2024年には年率20億ドル規模の収益に接近したと報じられました。
しかし、冷静に数字を見ればこの20億ドルはソフトウェア/SaaS/サポートの合計であり、DGX Cloud単体の収益ではありません。
NVIDIA全体の売上高に占める比率はわずか2%以下に過ぎず、AWSやAzureと真正面から競うビジネスモデルとしては小粒だったのです。
2025年に入ると同社は戦略を修正し、DGX Cloudの外販優先度を下げ、社内R&D用途に特化する方向へ転換。
NVIDIA自前のクラウドで外部顧客を奪い合うのではなく、パートナークラウド(Microsoft、Oracle、CoreWeaveなど)にGPUを供給し、そのエコシステムを育成する戦略に軸足を移しました。
これは「撤退」ではなく、チャネル最適化と捉えるべき動きです。
Lambdaとの「レンタルバック」契約――買戻しではなくリース
混乱を生んでいるもう一つのポイントが、Lambdaとの契約です。
2025年、NVIDIAはLambdaから最大18,000基のGPUをリースする契約を結びました。
契約総額は約15億ドルで、内訳は「1.3Bドルで10,000基を4年契約」「0.2Bドルで8,000基を追加」の二段階です。
ここで強調すべきは、これは“買い戻し”ではなくリース契約だということ。
NVIDIAが過去に販売したチップを帳簿上取り消すわけではなく、Lambdaが保有するGPUを必要に応じて利用者として借りる形態です。
動機は大きく三つ考えられます。
- 研究開発用の計算資源を確保
- 需要の波に合わせた柔軟な外部キャパシティ活用
- Lambdaのような専業クラウド企業を育成し、長期的なGPU需要を底支え
つまり「循環的で怪しい動き」と批判される一方で、サプライチェーン全体をNVIDIA主導で安定させる試みとも評価できるのです。
CoreWeaveとの6.3Bドル「バックストップ」契約
さらに議論を呼んでいるのが、CoreWeaveとのMaterial Services Agreement(MSA)です。
報道によれば、NVIDIAはCoreWeaveの未販売キャパシティを2032年4月までに最大63億ドル分購入する義務を負う契約を結びました。
要するに「もしCoreWeaveが売り切れなかった分が出れば、NVIDIAが引き取る」というオフテイク型の保証契約です。
これに対し「すでに供給過剰の証拠だ」と断定する声もありますが、現時点の一次情報では“条項が存在する”ことと“金額・期間が明文化された”ことまでが事実。
実際に発動しているかは確認できていません。た
だし、この種の契約が開示されたこと自体が、NVIDIAが一部リスクを負担しているサインであるのは間違いありません。
投資家が注視すべき3つのシグナル
- GPUクラウドの価格推移
もし需給が崩れるなら、まずレンタル価格の下落として現れます。 - 専業クラウド事業者の稼働率・受注残
CoreWeaveやLambdaの決算資料に注目です。 - CoreWeaveの次回開示(11月12日前後予定)
6.3B契約の詳細、実際の利用状況が見えてくるはずです。
筆者の視点:エコシステム戦略か、それともバブルの序章か
私はNVIDIAを長期的には依然として「AIインフラの中核」と評価しています。
しかし今回の一連の動きは、“バブル的な循環”と“戦略的な保険”の両面を持つと見ています。
- プラス面
GPU需要を安定化させ、パートナー企業の成長を支援する仕組み。
NVIDIAにとっては短期的に売上を前倒しで計上しつつ、研究用リソースも確保できる。 - マイナス面
長期的には「稼働率低下のリスクを自ら抱え込む」構図となり、価格下落や過剰投資の温床となる可能性がある。
NVIDIAが「未来の石油」と呼ばれるGPUを握り続けるためには、供給過剰の芽をどう制御するかが最大の課題になるでしょう
。今回の契約群は、強さの裏返しとしての脆さをも示しているのです。
結論
- DGX Cloudは「撤退」ではなく、社内利用+パートナーチャネル強化への戦略転換。
- Lambda契約は買戻しではなくリースであり、会計的には独立した取引。
- CoreWeave契約は未販売分を引き取る保証であり、即時の供給過剰を意味しないが警戒シグナルではある。
AI投資バブルの真偽を測る試金石として、この秋以降のCoreWeave決算とGPUクラウド価格は必ず追うべきデータです。
NVIDIA株に強気であっても、“どこでリスクを抱え込んでいるか”を直視する冷静さが求められます。